
いま3つあるうちの、この3rdブログ。
6年ほど前に開設したものの、これまでかなり傍へ押しやってきた。
しっかり投稿しようという気持ちだけはあったので、数ヶ月に一回ペースで細々と存続させてきたものの、ずっと気になってはいた。
ここらで、3つのブログを可能な限り書いていこうと一念発起。
そこで下書き欄を確認すると、すでに投稿できる状態の記事がちらほら見つかった。
最初の頃はやる気満々であったのだ。その割には投稿し忘れているけれど(笑)
今と数年前とでは、私を取り巻く環境も多少変わってきている。そのため、最近投稿した内容と矛盾する点も散見される。
リライトしようかとも思ったけれど、その当時の心境をそのまま残すのも悪くないかもしれないと思い、リライトはせずにそのまま投稿することにした。
誰が困るわけでもないので…
以下、2年前に書いたものになる。
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昨年の2月に一人暮らしをしていた長女が一匹の猫と共に帰ってきてから早いもので一年以上が経過した。
猫の方もすっかり我が家の環境に慣れ、毎日うちで一番陽当たりのいいリビングでお昼寝をしたりと今では我が家の主然とし、リラックスして過ごしているようだ。
動物は好きだけれど、私自身は飼うつもりはまったくなかった。
ペットのいる生活はきっと楽しいのだろうけれど、命あるものなのでお迎えしたら責任を伴うもの。
私は旅行が好きなので、ペットがいては家を空けられなくなるというのが一番の理由だった。
夫や次女がいくら欲しがっても、私が「飼うのは反対しないけれど、私は一切面倒みません」と宣言していたため、自分達だけではどうにもならないと、諦めていたようだった。
そんな時、長女が一人暮らしを解消し、猫連れで再び戻ってきたのだった。家を空けることの多い長女は、泊まりの用事ができるたび私にヘルプを求めてきていた。その度に私もいそいそとお世話に通っていたのだけれど、あまりに度重なると負担も大きい。
そして私の都合がつかないときは、ペットホテルへ預けることになり、長女はしきりと「かわいそうだから、なるべく預けたくないの」と言っていた。
そうは言っても、一人で面倒が見られないのならそれも仕方ないしといったところだ。
ところが長女は、一人では限界があると思ったのか、結局我が家に戻り、家族メンバーみんなで面倒を見ようではないか!との思いに至ったのだそう。
勝手に決められては困る。。。
しかし、帰ってくるというものを拒む理由もない。
そして「しっかりお家賃と生活費も払います」の一言に、私は玉砕したのだ。
そのお家賃+生活費は丸々私のお小遣いになる!
その臨時収入を遣い、毎月のように旅行へ行こう!などと密かに計画していた。
ところが、いざ猫と同居をはじめてみると、旅行どころではなくなった。
これがとにかく可愛いのである。情がうつるとはまさにこのことなのだろう。
猫の方はもちろん口はきけないけれど、私が話しかけると鳴き声で応えてくれたり、お腹が空くと甘い声で擦り寄ってきたりするのだ。
小さきものは人間でも動物でもなんでも可愛いものだけれど、いつもそばにいることで余計に愛おしさがつのるのだった。
相変わらず長女は外出が多く、ほぼ私がお世話をしているので余計だ。
もう毎月旅行どころではない。
私が家を空けてしまったら、この子の面倒は誰がみる?と、心配でたまらない。
ペットホテルに預けるという選択肢は余程のことでもない限りは除外だ。
とにかく我が家で守るべき家族メンバーなのだ。もしも人間であったら総領息子(オスなので)になる!
我が家に来たからには、万全の体制でお世話をしよう、決して寂しい思いはさせてなるものかと、自分の予定もすべて猫ありきとなった。
本来なら飼い主である長女が餌やトイレなどお世話をする約束だったのだけれど、今ではトイレのお掃除以外はすべて私の仕事になった。
忙しい長女は生活スタイルも不規則のため、彼女に任せておくと猫に皺寄せがいく。
そんなことは許さない!と、私が全てのお世話を奪ったのだ。
猫に限らず、私はなんでも自分でやらなければ気が済まない性分なのだろう。
長女が留守ならば次女もいるのだから、お世話を教えて分担することも可能だ。
できる人ができる時にやればいいものを、もはや人には任せられない!という心境になっている。
思えば昔、まだ私が仕事をしていた頃も、よく上司から「人を育てられない人間だな!」と苦言を呈されていたものだ。
タイトルの通り、私は昔から今に至るまで、人を育てられない人間なのだ!
実際は二人の子供を産み成人まで育てたので、そういう意味では育てることはできたと思っているけれど、それはある意味時間が解決するという誰にでもできる所業と言ってもいい。
子供に何かを教えるときも、とにかく辛抱がきかない。
料理のお手伝いもモタモタとやっていられるともどかしさで気が狂いそうになる(笑)
そして結局はお手伝いという行為を取り上げてしまうのだ。
その点、夫は非常に辛抱強くいつでも子供達と一緒に料理をしたり、物作りを楽しんだりと、さまざまなことを教えてあげていた。
子育てすらそんな調子なのだ。仕事ならなおさら手とり足とりの指導など無理だ。
仕事が遅く、何度説明しても理解してくれない人がいれば、「時間がかかるようだから、私がやるわ」と仕事を取り上げてしまう。
暴言を吐くわけでも、叱責するわけでもない。ただ、「やらなくていいわよ」といって、仕事を取り上げてしまうだけなのだけれど、今思えばそんな言動に傷ついた人もいたかもしれない。
昔々の話なのでそれも問題になることはなかったけれど、今の時代であったら、きっとパワハラなどと騒がれていたかもしれない。
当時でさえも、魑魅魍魎とした同僚のおばさんから「訴えてやる」などと物騒なことを言われたこと数知れずだ。
すべての原因はハッキリとものを言い過ぎることのようなのだけれど。。。
元々、なにか心にわだかまるような事柄があると、すぐにそんなモヤモヤを抱えていることに耐えられず、口から出てしまう。
それが相手によっては激しい口論に発展することもあるのだけれど、モヤモヤを抱えているよりは戦いの末に傷ついた方がずっといいと思っていた。
とても怖いお局のおばさん達に対してもそうだったものだから、とにかく目の敵にされていたようなこともあった。
相手が自分を嫌っていれば、自然と自分も相手を嫌うようになる。
嫌いな相手なら遠慮はいらないとばかりにやり合うものだから、時には行き過ぎた発言なども出てしまい、挙げ句の果てに「名誉毀損で訴えてやる〜!」などと言われたりするのだ(笑)
魑魅魍魎おばさん達は逞しいので問題ないだろうけれど、もし相手が今時の若者達であったら、かつてのように自分のペースを乱すことを許さない姿勢や、発言は当然のことながらパワハラ認定されることだろう。
慇懃無礼な態度すら、相手が「傷ついた」と一言言えばハラスメントになる時代だ。
実際、私は長らく仕事をしていないので正直なところよくわからないのだけれど、夫や友人知人の経営者などの話を聞いているとなんとなく想像はつく。
とにかく否定してはいけないのだそうだ。何事もまずは理解が最初に来なければいけないという。
夫も最初は部下の教育に頭を悩ませていたようだけれど、元々順応性が高く優しい性格なせいか、なんとかうまくやっているようだ。
たまに昭和オヤジな面が顔を出し、「最近の若い男は根性がないなぁ」などとこぼしていることはあるけれど、それすらも会社では口にできない。
パワハラのみならず、男だ女だのと口にすれば今度はジェンダー問題も加わってくる。
私が仕事から離れている間に、想像以上にセンシティブな社会になっている。
もしも私が仕事をしていたら、きっと物申せないことでものすごいストレスを抱えて病気になっていたかもしれない。
我慢というのは度を過ぎると精神を蝕むものだ。
私の場合、上司に怒鳴られるのは、頭にはくるけれどそれほどのストレスにはならない。大概の場合クビになってもいいやと楯突くからだ。
何が一番ストレスを感じるかと言えば、言いたいことも言えずに我慢することなのだ。
上司にしろ部下にしろ、同僚にしろ、「これを言ったらハラスメントになるかも」と気を遣いながら口をつぐんでいることこそがストレスになる。
想像しただけで身震いしてしまうくらいなので、今働かずに済むことは非常に幸せだと思う。
私を遊ばせておいてくれる夫には感謝しかない。
歳を重ねたことで少しは辛抱強さも身についたと思うれけど、結局のところ「三つ子の魂百まで」で、持って生まれた性分は変わらないものだ。
若い時よりも思慮深くなった分、グッと言葉を飲み込む術も覚えたけれど、飲み込んだ分だけストレスという毒を身体に蓄積させることになるのだ。
これは健康にも非常によくない。
健康を維持するためにも、私はやはり仕事をしていなくてよかったと心底思う。
パラサイトな専業主婦だろうがなんだろうがどうでもいい。
世間様の迷惑にならないのが一番だ。
家庭内においては、ある程度の配慮は必要なものの、そこまで気を遣わなくても済む。
夫はそんな私の性格を知りつつ結婚し、30年近くも一緒にいるのだ。子供達も生まれた時から20年以上も、こんな母のもとで育っているので、それが普通であると思っていて、いいのか悪いのか私のようになってきている。。。
猫の世話に関しても、私が乗り出したからには、下手に手を出さない方がいいという彼らなりの処世術により、平和を保っているだろう。
ただ、困ることがある。
旅行へ行けないのだ。。。
行こうと思えば行けるのだけれど、留守にしている間に家族の誰かがきちんとお世話をするのか?
それが気になって、なかなか腰が上がらない。
昨年は年明けから今の時期までの間に、すでに3〜4回は旅行に出かけていたはずだ。
今年は0である。
夫や子供達からは「大丈夫だから、どこか行ってきたら?」と言われているのだけれど、きちんと猫の面倒が見られるのか心配で仕方ない。
まさに人に任せられない性格全開だ。
実際に経験させなければ成長はしない。
様々な経験によって学び慣れていくものなのに、その機会を奪っているのは私であり、それが自分の首を絞めているのだ。
まさに仕事をしていた頃と同じ状態だ。
自分のペースで物事を進めたいがために、人の成長の機会を奪っていたのだと今ならわかる。
同時に全て抱え込むものだから、とにかく忙しさで毎日大変だった。
とりあえず体力気力は若さで補えたし、勢いのある時代だったおかげで、そんな雰囲気にのることもできた。
しかし今はもう若くない。少しの寝不足も途端にダメージとなるし、一日中あちこち動き回った日などはグッタリと何もやる気が起きないくらいに疲弊してしまう。
そろそろ、なんでも自分一人で抱え込むことはやめなければいけないと思ってはいるのだけれど…。
これも一つの慣れであると考え、いま夏の一人旅を計画中である。
夫も1週間でも2週間でも好きなだけどうぞ!と言ってくれているし、子供達ももう私が世話を焼くような年齢ではない。猫のことさえなければ1年でもふらふらしてきたいくらいの気持ちだけれど、まずは1週間ほど家を空けるところから始めたい。
テーブルにマップを広げ、計画を立てていると、猫がすかさず擦り寄ってくる。
小さな頭を撫でながら、こんな可愛い子をどうして置いていけようか…そんな風に気持ちがまた逆戻りしてしまうのだけれど、それはダメだと打ち消す。
とにかく今後の目標はなんでも抱え込まずに人に託すことも覚えよう!だ。
そのためにも、まずは実例を作ることなのである。
今年こそはなんとか実現したい。。。
今となってはもう働く予定もないし、子育ても終わったので、人を育てるなどということは考えなくてもよくなったけれど、幾つになっても、悪いところは改善していこうという気持ちはある。
それが自分をより楽にしてくれることなら尚更だ。
今年こそはそんな自分を変えていこうと思っている。