友人から話があると呼び出され、ではランチがてら会いましょうと待ち合わせをした。
半年ぶりに会う友人は少し痩せたようだったけれど、まぁ元気そうに見えた。
食事をしながら近況報告などをし合ったあと、場所を移してお茶を飲むことにした。
近場のカフェに腰を落ち着けた時に、ようやく友人が悩みを話しだした。
どうやら呼び出された理由はその話らしい。
誰かに悩み事を話すというのは、ほとんどの場合は解決策を求めてというより、ただ聞いて欲しいだけだ。
誰も自分の悩みを他人に解決してもらおうだなんて期待していない。
その友人もそうだった。
だだ、その悩みに向き合い、今後どうしていくつもりか、決意表明をしたかっただけのようだった。
悩みが深すぎて眠れなくなり、眠剤のお世話になっているけれど、それでも眠れず、食事も喉を通らず、辛い時を過ごしているという。
話を聞きながら、ふと目に入った友人の首に大きなシワが寄っているのを見た時、その悩みの深さがわかった。
人は一気に痩せるとシワが増える。それは加齢によるシワよりもより乱暴に現れるものだ。
同じアラフィフという年代にもかかわらず、友人の首のシワは80歳の老婆のそれのように、大きく深く波打っていた。
シワにも幸せのシワと不幸のシワがあることを知った。
幸せに歳を重ねできたシワは穏やかだが、不幸によって一気にできるシワは容赦がない。
残酷なのは歳をとることではなく、どんな時間を過ごしたかで身体が変わっていくこと。
クビのシワだけでなく、手のシワ、顔のシワ。気づかないくらいに優しく訪れて欲しいものだ。