In other words

I really don't know life at all ...

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マスク解禁になっても、私がマスクをし続ける理由。

マスク解禁となってからずいぶん経った。さすがに街を歩いていると、以前に比べてマスクを外している人が目につくようになったので、きっと公にマスクなしでOKとなるのを待っていた人がたくさんいたのだろう。

とはいえ比率から言えば、依然としてマスク着用を継続している人の方が、圧倒的に多いように感じる。
花粉の飛び交う季節なので、コロナ云々ではなく別の理由でマスクを着用している人も少なくなのだろう。

私もその一人だ。

正直、マスク解禁前から、義務ではないのだしするもしないも本人の自由ではないのかしらね?と思っていた。
マスクをしていない人が、近くで咳き込んでいたりすると、さすがに気にはなったりしたけれど、そんな時でも自分がそっとその場から離れれば済むと思っていた。

私には新型コロナに感染したらリスクとなり得るような持病もあったりするのだけれど、だからといってマスクをしていない人に「けしからん!」などとは思ったことはない。
他人のすることに対しては、いつでも極力無関心でいたいし、実際に無関心なのだ。

自分にとって害となるのなら、自分が離れればいいだけだ。人を自分の思い通りに動かすよりも、自分が動いた方が事はずっと簡単で、それを当たり前とすることで余計なストレスからは確実に解放される。



新型コロナの蔓延から早いもので3年。その間は外出するたびにマスクをつけていたけれど、それを苦痛だと思ったことはない。
むしろ私にとっては好都合なことばかりではないかと思っているくらいだ。

若くて綺麗なお嬢さん方やイケメン男子からしたら、マスクで顔の半分が隠れるのは望ましいことではないと思うのだけれど、50代になり肌の衰えが顕著に見られるようになった身としては、マスクは粗を隠す格好の神アイテムとなっている。

さすがに目尻のシワは隠せないものの、頬のシミやたるみ、ほうれい線など、根こそぎ真っ白なマスクで覆ってしまえるのだ。白いマスクはまるで反射板のようにわずかに出ている肌を明るくしてくれる。


それだけではない、化粧をしなくても外出しやすくなった。
近所のスーパーやコンビニへ行く際も、友人知人にバッタリと出会う可能性が大なので、身だしなみには多少なりとも気を遣ってきた。
しかしマスクの登場でそこまで気を遣わず済むようになったのだ。なんと言っても顔の半分が隠れているのだ。

知り合いに会ってもニッコリとマスクから見える目だけを、思い切り蒲鉾のように細め、微笑んで見せればそれでOKだ。
肌のくすみも露わになることはないのだから。
それでも気になる時は、マスクにサングラスでもしてしまえば、もはや誰も私だと気づきはしない。
コロナ禍以前であったら、有名人でもない人間がそんな格好をしていたら、ジロジロと奇異な視線を投げられたものだけれど、コロナ禍では誰もがそんな有名人特許スタイルで街を闊歩できるようになったのだ。

そんな訳で、マスク解禁でほとんどの人が「やっとか」と喜んだのだと思うけれど、私は少し複雑な思いだった。

今はまだ花粉の季節なので、マスクをしている人も多くいると思うのだけれど、きっと夏がやってくる頃には、多くの人が一斉にマスクを外すのではないかと予想している。

マスク着用がマイノリティになれば、海外のように今度は「あの人、なにか病気なのかしら?」といった目で見られるようになるだろう。
見ず知らずの人からどう思われてもいいのだけれど、友人知人などから「大丈夫?どこか悪いのかしら?」などと、いちいち言われるのを想像すると、かなり面倒な気持ちになるのだ。

そう考えると、この神アイテムをいつかは手放すことになるのだろうなと覚悟はしている。



マスク解禁に憂いを感じながらも、逆に「これは良かった」と思うこともある。

マスクは好きだけれど、最近は長時間していると肌の調子が悪くなることに気づいたのだ。
私は仕事もしていないので、家にいる時間が長い分、マスクを長時間することは稀だ。
しかし、今年になってから旅先で一日中マスクをしていたら、蕁麻疹ができたり肌が荒れたりするようになった。
最初は旅の疲れかと思ったのだけれど、東京に帰り日常生活に戻ると改善、そしてまた旅に出ると同じように肌が荒れるということを繰り返した。
そこで思い当たったのがマスクだったのだ。

他にもまだある。
私はカフェでトイレに行く時や飲食店で食事をした後に、よくマスクをし忘れてしまう。
一緒にいる人から、「マスク!」と言われるまで気づかずノーマスクで歩き、人からジロジロと視線を送られるといったことがよくあった。
自分ではかなり意識しているつもりだったけれど、マスクが好きな割には重要視していなかったのだろう。

マスク解禁となったいま、その点は気にしなくていいので便利になったなと思う。

ノーマスクの利点もそれなりに感じてはいるけれど、やはり老化を隠す神アイテムとしてのマスクは捨て難い。
一生とは言わないけれど、せめてもう少しだけ、自分の老化、劣化に完全に諦めがつくまでは、マスクをしていたい。

いまだに東京都はLINEなどで、毎日の新型コロナ感染者数などをお知らせしてくれるけれど、社会の雰囲気からいえば風前の灯といってもいいくらい、人々にとっては過去のものとなりつつある。

もはや私にとっても新型コロナ感染防止よりも、あら隠しのためのマスクになっている。

目的はどうあれ、私はギリギリまで抗おう。まだ家にはマスクのストックも大量に残っている。