In other words

I really don't know life at all ...

Sponsored Link

旅先で初めて実感した車を持つことのメリット。

都心で暮らしていると、自家用車などというものはなくてもまったく困らない。
富豪なら別だけれど、庶民にとっては車を所有するメリットよりもデメリットの方が勝ると思っているからだ。

例えば駐車場、今から30年近く前のことなので現在はわからないけれど、車を所有していた当時月極で5万円くらいだったと記憶している。
月5万円×1年間で60万かかることになる。さらにガソリン代、重量税、車検など、たった一台の車を所有するためには、簡単に計算してみてもなかなかお金のかかることだとわかる。

夫はもちろん車はあった方がいいと思っていたようだったけれど、一般庶民の私はソロバンをはじき、瞬時に車は必要なし!との判断を下したのだった。

例えば、ちょっと贅沢に頻繁にタクシーを使うとしよう。自分の行動範囲を考えると、どこへ移動してもタクシー代は高くても2,000円程度しかかからない。

しかも選択肢はタクシーだけではない。主要な街を行き来するバスや電車もある。よほど早朝か遅い時間でなければ、5分と待たずにやってくるのだから、わざわざタクシーに乗る必要もないのだ。
しかし悪天候の時、疲れている時、荷物の多い時、タクシーはそんな時のために必要ではある。

ここでさらにソロバンをはじく。
私が年間でどれくらいの交通費を必要とするかだ。



その日によって行き先も行動も異なるため細かく計算することはできないけれど、その辺りは適当に、電車なら多く見積っても往復500円あればお釣りが来る。バスに関しては往復で420円。あちらこちら飛び回った場合でも1,000円程度だろう。

仮に一日必要な交通費を1,000円とする。
毎日出歩く訳ではないので、週の半分とすると3.5日で週3,500円、1ヶ月だと14,000円。
1年間で168,000円。
加えて、例えば毎日タクシー代を使ったとしても、年間60万には遠く及ばない。

これを見れば車を所有するよりは、公共の交通期間とタクシーを違う方がよほどコスパがいいと言える。

しかしいくら経済的にコスパがいいとはいえ、いざという時を考えると、車はあった方がいいと思うこともある。

昨年だったか、夜中寝ていて突然具合が悪くなったことがあった。
鼓動が激しく心臓のあたりに痛みが走り、気持ちも悪く、冷や汗。顔面蒼白になり、これは救急車を呼ぶ?と思ったものの、一体どの程度で出動をお願いしていいものか基準がわからない。
とりあえず近くの救急病院へ行こうと思った。そんな時、車があればさっと行くことができる。
しかしないものは仕方ないと、スマホのタクシー配車アプリから呼んでみると、ものの3分で家の前まで来てくれた。
多分、運が良かったのだろうと思うけれど、ここでもまた「まあ、車がなくても平気だったわ」と思ったのだった。

また遠方へ行く場合、電車バスより車の方がずっとアクセスがいい時もある。そんな時はレンタカーがあるしと、様々なケースを考えると、やはり都心暮らしに車は必要なしと、いまだにその気持ちは変わらない。

ただ、移住などの可能性を含め、地方で暮らした場合を考えると、車というのは不可欠なのだと改めて感じた。



先だって出雲大社を主とした旅に出かけたとき、車のない不便さをつくづく実感した。
宿泊する予定になっていたホテルがとにかく駅から遠い。最寄りの出雲市駅からは車で40〜50分ほど。バスではもっとかかるだろう。
特に時間に追われる旅でもないしと、駅からゆっくりバスで向かうつもりでいたのだけれど、午後3時ごろに到着すると目的地へ行くバスはもうないという。
かなり高級イメージのあるホテルだったけれど、宿からの送迎バスもない。
ホテルへ辿りつくための選択肢は、タクシーに乗るかレンタカーを借りるか。。。

免許はあれど、車の運転とは久しく遠ざかり、今ではハンドルを握る自信はない。旅先で事故でも起こしたら、せっかくの旅行が台無しになると、タクシーに乗り込んだのだった。

車中、タクシーの運転手さんが観光案内のようなこともしてくれ、お喋りは大変楽しかったのだけれど、いざホテルに到着し料金メーターを見ると8000円近い表示。
覚悟はしていたものの、特に泊まりたかった宿でもないのにと、とっても損をした気分になったのだった。
(このホテルのことに関しては、またあれこれボヤキたいこともあるので、別に機会に書こうと思う)

往路がこんな感じなら、復路もまた当然心配になる。出雲大社参拝は早朝に行きたかったので、少しくらいお金がかかってもとホテルではタクシーを呼んでくれるようにお願いしてみた。
しかし、朝来てくれるタクシーはいないとのことだった。行きのタクシーで運転手さんがコロナ禍以降かなり運転手も減り、特に早朝は人が少ないと聞いていたけれど、まさにその通りであった。



結局、翌朝9時にホテルすぐ前のバス停から出ている出雲大社行きのバスに乗り、無事に参拝はできたのだけれど、そこでもまた車の運転ができれば、より充実した旅ができたのに…と思ったりもした。

いいのか悪いのか、1時間バスを待つくらいなら、30分かけて歩こう!と、この旅では本当によく歩いた。
健康にはいいかもしれないけれど、もう足腰がグダグダだ。おまけに30度近くもある夏日で、かなり日焼けもしてしまった。

交通の不便さから、行きたくても諦めた所もあったりと、東京から遠くまで来たというのにもったない…と何度も思っことか。
これが車さえあれば、旅の自由度は爆上がりしていたに違いない。

都心生活において車を持たない選択は正しかったかもしれないけれど、失ったのは運転する能力だ。
そのせいで交通網の整備されていない旅先で不便を強いられることになったのだ。

これからも東京の生活で車を持つことはないと思うけれど、車から離れてしまったことに対する少しの後悔は確実に生まれたと言ってもいい。

何事もメリット、デメリット両方あるものだというけれど、メリットしかないと思っていた車を持たない選択にもデメリットがあったということだ。

この解決策は、一人旅に固執せず運転手となるべく夫と共に旅をすればいい。
しかし、ひとり旅の快適さもまた捨て難しで、結局この先も不便な思いをしながらも一人で見知らぬ街をふらついていることだろう。