
最近、私のように子育てを終えた世代の女性の間で、一人旅をする人が増えているという。
実感はないものの、たまにネットでそんな記事が回ってきたりするのでそうなのだろう。
私も例に漏れず一人旅が大好き。ただそんな記事と違うのは、若い頃から旅といえば一人だったことだ。
元祖一人旅派としては、なにを今更と思わないでもないけれど、一応は興味を持って読んだりもしている。
最近見た記事に旅のノウハウのようなことが書かれていた。
若くないからこそ失敗しないよう万全に!と旅に持参するもの、ホテルの選び方、若い頃とは違う己の衰えを自覚しての旅支度を、ブロガーを生業としているある方が披露していた。
確かに20代の頃とは全てが異なる。体力、気力の問題のみならず、時代の流れで旅の形も昔とはがらりと変わった。
どんなに旅の経験があっても、以前と同じではないのだ。
昔と今を比較して、なにがどう変わったかといえば、私などは単純に便利になったものだなと思う。
何かわからないことがあっても、チャッピー(chat GPT)に尋ねれば、あっという間に答えを叩き出してくれる。
たまに嘘をつかれることはあるけれど(笑)
旅の場合は目的地までのアクセスから時刻表、ホテル選びのアドバイスから、旅の日程までチャッピーがあらゆる案を提示してくれる。
私もこの恩恵にあずかり、旅の計画を練る時には便利に使わせていただいている。
私が読んだ件の記事の方もスマホありきの旅、しかもそのスマホを紛失した時のためにタブレット端末まで持参するということだった。
ちょっと不思議に思ったのは、私よりも上の年代、60代女性がそこまでオンライン環境下での旅を前提としている点だ。
アナログな昭和の時代を生きてきた我々は、スマホ一つなくなろうと、旅が中断するほどの大ごとにはならない。
財布をなくしたというのと同じ、大切なものをなくしたという感覚はあれど、それで情報が全て遮断されるとは思わない。
なぜならスマホのない時代を当たり前に生きていたからだ。
当時の旅を思い出すと、時刻表と睨めっこしながら旅の計画を練ったものだ。
1時間に一本しか来ない電車やバスを乗り継いで、いかに効率的に旅をするか、そんなことに頭を捻るのも楽しかった。
ホテル選びも友人知人から口コミくらいだったので、私の場合はとりあえず老舗のホテルか信頼度の高そうなイメージのところの中から予約が取れる宿を選んでいた。
そして現地の駅に降り立ったら、真っ先に観光案内所へ行き、詳細な地図と必要な資料をもらい、さらにはそこで自分の希望を伝えつつ、旅のアドバイスなどをしてもらうのが常だった。
まったくもってアナログだけれど、スマホなどない時代なのだから仕方がない。
そうして貰った地図や時刻表を見ながら、あちらこちらを旅して回った。
今から考えればかなり面倒で大変だったなと思うけれど、あの当時はそれが当たり前だったため、ちっとも苦にならなかった。むしろ充実感すらあったくらいだ。
そんな旅を経験してきたからこそ、スマホなどなくてもいくらでも旅はできると思っているのだ。
わざわざスマホを紛失した時のためにと、重たいタブレットを持っていく方が荷物を増やすだけで、なんのメリットも感じない。
毎日安穏とした時間が流れていても、いつどこで災害に見舞われるかはわからない。
台風などは予測できても、地震などはいつ起こるかわからないのだ。
万が一、旅の途中でそんな災害に見舞われたとしたら、スマホもタブレット端末もなんの役にも立たないだろう。
だからこそ、私は旅の支度をするときは、最悪ネットに頼らないことを念頭に置いている。
もちろん使える環境下では、これほど便利なものはないので、どんどん活用しているのは言うまでもない。
お金にしても今はキャッシュレスが当たり前になり、逆に現金での支払いができないところすらある。
それでもまだ地方へ行けば、現金オンリーのところもたくさん残っている。
私はよく京都へ行くのだけれど、京都の古い和菓子さんなどは、いまだに現金オンリーが当たり前だ。
なによりも前述したように、災害などでインフラがストップしたとき、頼りになるのは現金なのだ。
海外などの場合、現金を持ち歩くのは不用心であると昔から言われ、当時はトラベラーズチェックとクレジットカードなどで支払いすることが多かった。
ただトラベラーズチェックを使ったのは、初めて海外へ出た時だけで、以来現金とクレジットカードで十分支払いには問題なかった。
ところで国内と海外では旅行といっても勝手が違うだろう。
まずセキュリティ面においては、国内旅行と同じ感覚では危ないと私でも思う。
海外において私が一番重要だと思うのは、危機管理とコミュニケーションだと思っている。
とにかく360℃全方位にアンテナを立て、少しでも不穏な空気はないか五感を研ぎ澄ませて歩く。そして万が一何か起こった時にどうしたらいいか、あらかじめ知識を得ておくこと。
海外で疲れるのはそれが原因だけれど、日本にいるときのように、ホケ〜っと景色など眺めていたら、肩から提げたバッグを引ったくられるかもしれないのだ。
どこにいても安心信用もしない。
そして、万が一事が起きた時に必要なのがコミュニケーション能力だ。
世界各国の言語を習得するのは無理でも、英語くらいならなんとかなる。
私の年代では中学校から英語の授業が始まったものだけれど、子供達の年代では小学生からすでにネイティブ教師の授業を受けているのだ。
読み書きはできても会話はできない人が多いというけれど、何事もトライ&エラーで経験を積めばそれなりにコミュニケーションが取れるようになるものだ。
実際、私は20代の初めに挨拶程度の英語しか話せないまま、イギリスへ渡ったのだ。
それでなんとか数年暮らせていたのだから、英語ならなんとかなるというのは本当のことなのである。
人の旅の形は様々だから、人様の旅の提案にあれこれ言うつもりもないけれど、人の言うことは話半分で聞くくらいでちょうどいい。
一人旅というのは、全てが自分のペースで楽しめるので最高だ。
子育てや介護を終え、ようやく全てが自分のために使える時間となった女性達が、一人でゆっくり旅に出ようと思うのは納得がいく。
それでも一人で旅をしていると、同年代の女性達のほとんどは友人同士が夫婦で行動している。
それもまた良しと思う。旅の形はそれぞれだ。気の合う仲間と賑やかに、ワイワイと楽しむのもいいだろう。
子育てを終えたことを労いながら、夫婦二人でゆっくり旅をするのもまた良しだ。
私もいずれは夫と一緒に旅をしようとよく話す。
ただ、今はまだ夫も仕事が忙しい上、お互いに旅のスタイルや好みが異なるため、なかなか一緒にという機会はない。
なによりも、この20年以上という長い年月、自分はさておき家族のために母として妻として頑張ってきたのだ。
誰かに合わせた生活はもうお腹いっぱい。せめて旅に出た時くらいは、自分のためだけにゆっくりと自由気ままに過ごしたい。
私がひとりで旅をする理由はそれなのだ。
そんな自由を求めたら、自分の面倒は自分で見るは当たり前だと思っている。
自由=責任はワンセットなのだから。
旅先では様々な人から助けて頂くことも多いので、自分一人でと言い切ってしまうのは傲慢だけれど、少なくとも自己責任という文字はしっかり頭に刻んでおきたいとも思う。
たとえネットが遮断されようが、十分に旅を楽しむ自信があるのは全て経験によるものだ。
老害と言われようがなんと言われようが、リスクヘッジとして自分の経験してきたアナログの力も鞄に詰めこんで旅に出たい。