
ひとり旅を終え、東京駅に着いた時にいつも思うこと。
なんと人の多いことか!
普段はそれが当たり前なので、うんざりはすれど驚くような事はないのだけれど、他の地方都市を歩き回ったあとだと、どれだけ人口密度か高いか、改めて驚かされる。
されど、そんな東京こそが生まれ育った我が街なのだから、なかなか他の土地へ移り住もうという気になれないのが辛いところだ。
今回の旅では出雲、松江、そして倉敷、岡山と回り、意外にも岡山がいたく気に入ってしまった。チラリと「移住」の文字が頭に浮かんだりしたくらいだ。
出雲や松江は駅前でもちょっと手持ち無沙汰な感じが拭えず、観光としては最高だけれど、都心の暮らしに浸りきった私には正直無理かもしれないと思った。
しかし岡山は違っていた。さすが新幹線の停車駅だけあり、駅の周辺にはお店がたくさんある。駅前には高島屋があり、少し歩けば天満屋百貨店もある。
バスや路面電車も頻繁に行き来しているので、車がなくても十分生活できそうに思えた。
もしももっと若かったら、やはり東京と比較して物足りなさを感じていたと思う。
しかし、今は違う。東京の真ん中で暮らしていても、行くところといえば近所のスーパーやお菓子屋さん、たまに商業施設や百貨店くらいのものだ。
流行りの服や靴、バッグも欲しいと思わないし、外食も滅多にしなくなったし、ましてや夜の街へ出ることもなくなった。
普通の暮らしに必要な買い物ができれば、それで十分なのだ。
それよりも、地方都市の便利なエリアで暮らし、たまに遠出をして美しい自然を愛で、海の幸山の幸に舌鼓を打ち、温泉に入るというような生活の方が、ずっと豊かな気がするのだ。
いいところだけしか見ていないから、そんなことを考えるのだ!と言う向きもあるだろう。
実際その裏側にどんなネガティブ要素が隠れているかはわからない。
実際にその土地で暮らしてみなければわからない苦労というものも必ずあることだろう。
しかし、確実にそこで生活している人がいると思えば、私にもできるのではないか?と思うのも正直なところだ。
今回の旅の途中、出雲で広島から観光にやってきたというお年寄りと出会った。
広島もまた私にとっては興味のある土地である。
たまたま知り合いが、広島移住を考えているという話を聞いた後だったこともあり、暮らしの事情などあれこれお尋ねさせてもらった。
「まあ、ええとこじゃよ」とのんびり暮らしている様が想像できた。
これでますます、地方移住に興味が湧いてしまった。
第二の人生を考える年になると、自然と終の住処をどこにするかも同系列で考えるようになる。
実際私の周りでも、東京で生まれ育ったにも関わらず、ご主人の実家が地方という方々はぼちぼちと東京を離れ始めている。
そんな方々は実家の両親が帰ってくるなら二世帯に建て替えてあげる!や、すでに亡くなっている場合はそのまま実家で暮らせるというケースだったりで、住居を新たに買ったり借りたりするような必要はない。
いわゆる下地がある状態での移住ならハードルもそれだけ下がる。
それが私のように、なんの縁故もない土地で0からの出発となると、やはりそう簡単には決められないものだ。
今はまだちょっと夢見て想像しているだけだけれど、そんな話を夫にしてみたところ、かなり乗り気になり「どこに住みたい?」と、不動産のサイトを巡っては、この家は少し広すぎるな、この家は古すぎてメンテナンスにお金がかかるな、ここは災害などの心配があるなetc
もうすっかりリタイア後の生活=地方移住に気持ちが傾いているようだ。
夫のように若い時に自分の国を離れ、長い外国暮らしをしている人にとっては、住み慣れた土地を離れることに躊躇はないようだ。
特に夫は同じことが繰り返される安穏とした生活より、常に変化や刺激を求めたがる性格だ。
これまで地方への赴任も喜んで行き、九州から北海道まで、いわゆる地方で楽しい暮らしも経験しているため、東京以外でも全く問題なしのようだ。
一方の私はといえば、若い頃は外国暮らしなどを楽しんだものの、帰国して結婚、出産後は一度も東京から離れていない。
とにかく便利が一番と考え、高い家賃を払ってでも都心で暮らすことにこだわってきた。
今はもう二人の子供達も成人した。まだ同居はしているものの、いずれは子供達も家を出ることだろう。
これからは夫婦二人での暮らしを想定して考える必要がある。
夫はようやく自由になったとばかりに、前のめりに移住について考え始めたようだけれど、私はいざとなると「病院はどうなる?」「お友達とランチやお茶に行けなくなるのも寂しいかも…」などと考えてしまうのだ。
夢はみているけれど、今はまだ実現させる勇気はない。それでも夫がどうして行く!と言えば、それもまた面白いかもとついて行くのもわかっている。
いずれにしても数年先のこと。この先どうなるかわからないけれど、東京から遠く離れた地方都市で暮らすことを想像するのもなかなか楽しいものだ。