
本日6月16日は「和菓子の日」。
かつてはこの日に和菓子をいただき、無病息災を願う嘉祥という行事が行われていたということに由来する。
そんな和菓子の日だけれど、ほとんど毎日のように和菓子を嗜んでいる身としては日々無病息災祈り、小豆によって邪気祓いできているであろうと思っている。
正直なところ何を今更和菓子の日ですか…と相も変わらずの天邪鬼が顔を出したり(笑)
特別に和菓子を買いに走り、食すことはしないけれど、代わりに今日のトピックをお菓子としたい。
このブログらしくちょっとネガティブなお話を延々と…笑
毎年6月を前に、あるお菓子屋さんから秋に発売されるお菓子の予約予告のお知らせが入ってくる。
とても美味しくて、毎年欠かさず予約開始日にはいの一番にポチッとしていたものだ。
しかしそれほど好きだったお菓子も、予約はおろか今は買うことすらやめた。
理由は一言でその販売方法に悶々としたことだった。
毎年6月1日に予約すると、百貨店に並ぶ前の9月早々にそのお菓子は届いていた。
それが一昨年は待てど暮らせど届かない。百貨店ではとうに売り出されているというのに。
結局私の元に届いたのは10月の下旬だった。
とにかく早く食べたいからこそ、わざわざ送料を払って予約購入していたのに、これでは意味がない。
百貨店へひょいと行って買ってきた方がよほど早いし送料分も浮くのだ。
しかし、予約してしまったものは待つしかない。美味しいお菓子なので、まずは百貨店で買って、お取り寄せしたものは届いた時にまた美味しくいただけばいいと思ったりもする。
実際、それまではお取り寄せしたものを食べ終わった後に、百貨店で販売されるものも再購入したりしていたのだから、順序が逆になるだけのことだ。
しかし、どうも気持ちが良くない。なんだかひどく悶々とし嫌な気分になった。
毎年毎年予約開始日に予約しているものが、何故百貨店の一般販売よりも後回しにされるのか。
お店にとっては一介の客よりも、大量発注し捌いてくれる百貨店の方がいいのはわかる。
それでもだ。昔から幾度となく早くから予約して到着を心待ちにしている一般客のことをおざなりにするのはどうかと思うのだ。
たかが¥15,000程度の注文でなにを言うか!という気持ちなのだろうか。
しかし私にとってはお菓子に遣う額としてはかなり大きい。
営業方針を利益追求に鞍替えしたのか。代が変わればその店も変わるというのは無きにしも非ずだ。
それならば一般からの予約など受けず、百貨店に販売を一任すればいいではないかなどと、裏事情など知らない一般消費者は思う。
こんなことは言いたくないけれど、ちょっと話題になり人気が出たことで天狗になっている?と勘繰ってしまったりもした。
古くから続くお菓子屋さんが閉店するというニュースを耳にするたび、どこも大変なのだろうなというのは承知している。
それでも古くからの顧客を大切に、変わらぬお商売を続けている店はたくさんある。
ある和菓子の行列店では、ごくごく稀に来て大量に購入してくれる客よりも、毎日一つのお菓子だけを楽しみに何十年も買い続けているお客を最優先していると聞く。
これを当たり前だと思うのは、私が昭和脳の古臭い考えを捨てられないせいだろうか。
お菓子界隈に限らず、今の日本は古参優遇が消えてかけているように思える。
SNSなどネットによっての新規獲得が最優先され、古参は嫌でもついてくるだろうとケアを蔑ろにする。
そんなことを感じることが増えた。
そんなお商売のやり方を見るにつけ、うんざりした気持ちになるのだけれど、それはあくまでも私がそう感じるだけで、そのやり方が悪いと言っているわけではない。
ただ私が気に入らないだけのことだ。
こんなにも経済が不安定な今、どこも様々な事情を抱えていることだろう。
経営自体がそうせざるを得ない状況になっていることも考えられる。
古参に対する情よりも、まずはお金をかき集めないことにはお商売が成り立たない。そんなところもあるだろう。
そうしたことも理解した上でも、蔑ろにされた気持ちを抱えたままお金を落とすほどお金が有り余っているわけでも、お人好しでもないのだ。
お店にお客を選ぶ権利があるのなら、逆も然りで、お客の方にもどこでお金を落とすかを決める権利はある。
件のお店のように、古くからの顧客よりも大口百貨店を優先するのもそのお店の権利だ。他人がとやかく言うことではない。
ただ客の方もまた蔑ろにされているように感じながらもお金を落とす必要はない。購入をすぐさまストップする権利も有するのだ。
私は常に売り手と買い手はフィフティー、フィフティーの関係であると思っている。
どちらが上でも下でもない。売り手は美味しいと喜んでもらえた上に利益が得られる、買い手は自分では作れない美味しいものを楽しむことができる。
Win-Winの関係が健全であると。
だからこそ、その天秤がどちらかに傾いていると感じると悶々とするのだ。
今年もまたそのお店から予約を促すメールが届いているけれど、もう二度と買うことはないと思う。
お菓子が本当に美味しくて、それだけが残念だ。
これは一つのケースで、また違った理由で購入をやめたお店もある。
こちらもまた利益追求が全面に出ていると感じられたことには変わりないのだけれど、少し違うのはその売り方に今度は悶々としたのだ。
とても美味しい焼き菓子を作っているお店で、今のようなお菓子ブームの前からネット販売ではまさに瞬殺という人気のお菓子だった。
そのお店のクッキー缶が本当に好きで、私も通販のカートオープンに合わせて、頑張ってお取り寄せしていたものだ。
それほど好きだったお菓子の購入をやめたのは、セット売りがやたら目につくようになったことだった。
例えば、これまでは¥4,000弱のクッキー缶一つだったのが、そこに別のお菓子を加えて¥10,000近い値段で売るようになった。
欲しいのはクッキーであって別のお菓子ではない。それでもクッキーのために余計なお金を払って購入しなければいけなくなったのだ。
それだけではなく、他にもいくつかあまりに自分都合過ぎやしないか?と思うことがあった。
たいそうな繁盛店となったため、もはや客に寄り添うのではなく、客側がこちらの事情に合わせよ!嫌なら客は他にいくらでもいるんだ、ワッハッハー!
と、勝手な想像を巡らせた末、私はそのお店のお菓子を買うのをやめた。
昔は店主の人格やお商売のやり方などあまり気にしなかった。とにかくそのお菓子が美味しければいいと思っていた。
それが最近はそんなことがやたら気になるようになったから不思議だ。
もしかして、昔は悶々とするようなネタ自体がなかったのかもしれない。
今のように効率重視でいかに無駄なく利益を出すか、また働き方改革云々で企業だけでなく、個人店の小さなお菓子屋さんまでがそれに準じているとも考えられる。
我が夫も10年前に比べると、格段に休みが増えた。有給など「まだ残ってるの⁉︎」と驚くほど、なんだか年間トータルすると一体週休何日?と思うほどだ。
私はワーカーホリックさながら休みなしで働きまくっていたバブル期の人間なので、夫がしょっちゅう休んでいるのに驚かされる。
それでもしっかりお給料が払われるのだから、良い時代になったのかもしれないけれど。
「亭主元気で留守がいい」からすると、ちょっと都合がよろしくない(笑)
他にも生菓子などパッキングやお菓子そのものの扱いがぞんざいであったりで、どんなに慎重に持ち帰っても原型をとどめていない状態だったりしたお店なども。。。
長年さまざまなお店でお買い物をしていると、通わなくなったお店は他にもまだあるのだけれど、キリがないのでそちらは割愛しよう。
ところで私の友人がよく通っていた和菓子屋さんへ行かなくなった理由も、かなりありがちなことだなと思った。
なんでも先に来て注文した友人よりも、後から来た芸能人の接客を優先されたことだという。かなり愛想を振りまいていたらしく、すっかり興醒めし、以来そのお店に足を運ぶのはやめたと話していた。
「美味しい和菓子のお店なら他にいくらでもあるから、気分が悪くなるような店には近寄らないの」
それには激しく納得した。
東京だけでもどれだけご贔屓にしているお菓子があることか。日替わりで食べたとて年に全てを食べ切れないほどにある。
加えて今は全国各地から普通にお取り寄せもできるし、百貨店の銘菓売場へ行けば何かしら好きなお菓子が置いてある。さらには全国各地のアンテナショップもあるのだ。
こちらを向いてお商売してくれないお店が一つなくなったくらい、椅子に足の小指をぶつけた時に感じる痛みの100分の1にも満たないだろう。
件の友人が経験した、そうした不平等も悶々とする一因となるものだ。
きっと今の私なら、同じように気分を害したことだろう。
ところで、その和菓子さんの店主は知らないのだろう。その友人が名だたる企業のご令嬢で、その芸能人よりも遥か上の富裕層であるということを。
いくらお金を遣うというのではない、恐るべきはその層の方々の持つ人脈である。
その界隈で悪い評判が広がれば、少なからず顧客は減ることだろう。
安易な客差別で結局損をすることになるのは、お店の方なのにな。。。などとこれまた残念に思ったのだった。
こうして好き勝手書いているけれど、メインのお菓子ブログには決してネガティブなことは書かないと決めている。
そのお店がどんなひどい対応であったとしても、お菓子が美味しくなくても、一切書かないことにしている。
書かないというのは、ネガティブなことを書きたくないゆえ、ブログネタとしてボツにする。つまりはその店でお買い物をし食べたこと全て闇に葬るのだ。
Xでもブログでも「これは期待はずれ」「美味しくなかった」と堂々と批評している人もいるけれど、食べるものに関してはその人の嗜好や味覚、食体験が大きく影響するものだ。自分が美味しくないと思っても、他人の舌がどう判断するかはわからない。
私にはプロの作った味を堂々とジャッジする自信はない。
それならば触れないのが一番という判断でボツにしている。
SNSの影響が肥大化していると感じられる一億総評論家時代とも言える昨今。
自己満足な蘊蓄が楽しいのは、たぶん本人だけだ。
側から見たらこれほど滑稽なことはない。素人の私でさえ思うのだから、お菓子作りのプロなら「何を見当はずれなことをおっしゃる」と、腹が捩れるほど大笑いしていることだろう。
そんな思いもあるため、どんなに悶々とするようなことがあっても、そのお店を晒し上げるようなことはしたくない。
気に入らなければ買わなければいい。
それはお店にとっても客にとっても納得できる言葉かもしれない。
客の方はただ静かに去り、別のお店に足を運ぶのみだ。