In other words

I really don't know life at all ...

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買い替えるか、修理に出すか…持続不可能な現実。

数日前、梅雨の晴れ間に出かけようと日傘をさしたところ、どうも形がおかしい。よく見てみると骨の部分が曲がっていた。
なんでも器用にこなす夫に直せるか見てもらったところ、これは素人には無理。修理が必要だと言われた。

夏場だけとはいえ、2年以上も使った日傘だ。まだまだとても綺麗だけれど、壊れていては使えない。
いっそ新しいものに買い換えようかと思ったけれど、私にとってはお安くないと感じる値段の傘だ。

販売元のホームページを見てみると、修理も受け付けている。
修理代と返送料合計3,500円、さらにこちらから送る分の送料など、トータルで、5,000円ほどかかることがわかった。

日傘本体価格が14,300円だから、買うよりも修理の方が9,300円安いことになる。

加えて状態もかなり綺麗なものなので、これをお払い箱とするのは惜しい。
やはり面倒でも買い換えるよりは修理に出したほうがよさそうだとの判断に至った。

修理期間は2、3週間、夏場など混み合う時は1ヶ月ほどかかるらしい。
現在梅雨で本格的な夏が来るのはいつ頃かと2026年の梅雨明け予想を調べてみたところ、7月19日頃だそうで、これなら夏前には修理から戻ってくる可能性が高い。

そんなわけで、とりあえず修理の依頼をして壊れた日傘を送ってみた。

私にとっては夏の三種の神器とは、日傘、扇子、サングラスだ。これらがなくては外出もできない。

今回、修理に出したのは一番小さい三段折り畳みタイプ。他に長傘と二段折もあるのだけれど、例えば百貨店でのお買い物のように室内で過ごす時間が長い時、また日が暮れるまで外出する時などは、やはり小さく折り畳めるものが一番便利で使用頻度も高い。

二段折畳みや長傘はすでに4、5年は使用しているもので、主に近所でのお買い物や散歩の時に使用している。
使用は夏場だけという期間限定のためか、布部分の色も褪せることなく、かなり長持ちしていて、この2本に関しては十分に元はとったと思う。

とりあえずは三段折が修理から戻るまでは、この2本でどうにかしのぐつもりだ。



もう一つ、最近壊れたのがシュレッダーだ。
さすがに今の時代、個人情報ガッツリ明記された書類をそのまま捨てるのは怖いため、家庭用のシュレッダーを使っているのだけれど、これが2、3年おきに壊れるのだ。

使っているのは5,000程度の安価なシュレッダーだ。
安物買いの銭失いという言葉があるけれど、それにはちょっと異論もある。私は必ずしも損ばかりではないと思っている。

例えばシュレッダーは5,000円程度のものよりも、もっと高価なものを買って長く使った方が得である。
単純に考えればそうなのだけれど、問題は機械というものはメンテナンスが必要ということだ。
特にシュレッダーは紙を細かく細断する刃が劣化したりもするので、油を差したりと手入れをする必要がある。それをしてこそ長く使えるものだ。

ところが、私はそうしたことが本当に面倒でたまらない。
それならそこそこの値段のものを買い替えながら使ったほうが楽だと考える人間なのだ。
損か得かは金銭的なことだけでは計れない。

しかし、こう何度も買い替えを繰り返すのも、それはそれで面倒だ。
いきなり動かなくなるストレスに晒されるのも避けたい。

今度はいっそのこと高価な高性能なものを買い、壊れたら修理をしながらでも使い続けるべきか?

ここでまた買い替えと修理の問題で悩む。

いまは修理するよりも新しく買った方が安いということが往々にしてある。
物を大切に長きに渡り使い続けるのがいいとは思うけれど、そうではないものもあるのだ。



そうこうするうちに、今度はプリンターの調子がすごぶる悪くなってきた。
以前からその兆候はあったのだけれど、騙し騙しなんとか使用していた。
それというのも、コピーなど滅多にとることがないため、とりあえずコピーできるのならと、あちらこちらいじくり回しながら尻を叩くようにコピーさせてきたのだ。

しかしもうどんなに鞭を打とうが、スパルタが過ぎたのか、もはや動く気はないらしい。
修理に出してまで使い続けるほど性能が素晴らしいわけでも、高価なわけでもないのでこれは買い換えるつもりだった。

今は数年するとさらに機能充実というものが後から後からでてくるものだ。
たとえ高価なものであっても、それを考えるとやはり最新のものに心が動く。

一方、サスティナブルな観点から言えば、使えるものは修理しながらでも使うべきかとも思う。
この地球を守るために、旧式のものを幾度となく修理をしながらも使い続けるのか。

昔はそれが当たり前だったけれど、いつからだろうか修理するよりも買い換えた方がいいという物が増えたように感じる。

まず安価で手に入るものが増えた。それらは2、3年使うとすぐに調子が悪くなり、修理しようと思っても「買った方が安く上がります」がお決まり文句として飛び出してくる。

こちらはそれならと買い換えることにするのだけれど、昔のものは本当に丈夫であったなと思う。



例えば電化製品。洗濯機や掃除機などは、私が結婚当初に買ったものを20年以上も使い続けていたものだ。
若かったので決して高価なモデルを買ったわけではなく、むしろお値段で選んでいたくらいなので安いモデルであった。
それでも何十年と不調をきたすことなく、しっかり仕事をしてくれたものだ。

電化製品などは当たり外れがあるというから、運が良かったとも言えるけれど、毎回当たりを引くほど運がいいとも思えないので、昔のものはしっかり長持ち頑丈に作られていたのだと思う。

以前、スマホを買い換える時の話なのだけれど、「今は2、3年で買い替えるように作ってあるものが多い」と、そんなことを聞いたことがある。

経済を回すために消費を促すためにそうしているのだと思うのだけれど、サスティナブルはどうなった?
持続可能性の逆を行きながらサスティナブルを掲げるとは訳がわからない。

しかし、先日久しぶりに会った友人はなんといまだにガラケーを使用していた。
一体いつのもの?と驚くほど年季が入っていて、驚いたものだけれど、本人はシレっと「だってまだ使えるもの」と当たり前のように言っていた。
まさにサスティナブルを地でいく暮らしの実践だ!
さすがに各社サービス終了の流れで、これ以上無理だとは思うけれど、すごいものだと感心したものだ。

私はそこまで文明の力に無頓着でいられず、そもそもガラケーではブログも書けないので、ついつい最新に飛びついたりしてしまうのだけれど、ちょっと己を見直すきっかけにはなった。

結局、サスティナブルだなんだと言いながら、今の時代はやはり買い換え前提なのだろう。いくら己の心持ちを見直してみたところで、一度覚えた便利はなかなか手放すことはできないし、わざわざ余計な手間とお金をかけてまで修理をし、持続可能を追い求めるのはさすがに無理だという判断になった。

そんなわけで、シュレッダーもプリンターも新しいものに買い換えることにした。