In other words

I really don't know life at all ...

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偶然の意味について考えてみた。

私は決してスピリチュアルな人間ではないのだけれど、時にそんな話にふと立ち止まり、考えることもある。

これまで生きていて、理屈では通らないようなことを経験してきたせいかもしれない。

何かあると人は「そんなの偶然だよ」と言うけれど、その「偶然」にも実は意味があるのではないかと考えるのだ。


今朝、長女が昨夜みた夢の話を語りだした。
それは原付バイクに乗って遊んでいる夢だという。
それを聞いて私はたいそう驚いた。何故なら、前夜私もまた原付バイクに長女を乗せて遊んでいる夢をみたからだ。

同じような経験が二人に同じような夢をみせたのかも…そう思うところだけれど、実際に原付バイクなどとは無縁。二人でテレビや何かで観たこともないのだ。

それがいきなり、二人して原付バイクに乗って走っている夢をみたというのだから、驚かないわけにはいかない。

長女とはよくそんなことがある。
先日も私が今日は麻布台ヒルズに買い物でも行こうかなと言ったところ、長女が「私、今日友達とランチにいくのよ」と。

なんとなく偶然同じことをしたり、同じことを考えていたりすることが多いのだ。
一緒に暮らす親子なのだから、それもあり得ることと言えばそうなのだけれど、次女や夫とはまったくそんなことがないのだ。



偶然と言えば、少し前に何がきっかけか覚えていないのだけれど、珍しくYouTubeを観ていた。
友人などは暮らしのことやお料理など、よくYouTubeを観ていると私にもおすすめしてきるのだけれど、私はネットといえばブログを書いて投稿するだけでいっぱいいっぱい。おまけにサブスクでドラマや映画も観なければいけないので、YouTubeまで手が回らない。
きっと観てみれば、興味深いコンテンツがあるのだろうけれど、習慣がないこともあってほとんど観ないのだ。

それがその日は何かの偶然でYouTubeを観ることになったのだ。
最初に見たのはある芸能人がお墓参りについて話している動画だった。
これは特に面白くもなく、ふ〜んと思いながら、下に表示された別の動画を観てみることにした。

それがある大御所芸能人M氏が「偶然」について語っている動画であった。
偶然が重なればそれは何かのサインとなる。
そんなお話であった。
多分本か何かに書かれていたものを、本人の声でAI再生したものだろう。ところどころおかしなところはあったけれど、なかなか興味深く視聴した。

話はここからで、そんな動画を観た翌朝、ニュースでその大御所M氏の訃報が報じられたのだ。
偶然についての話しを観たばかりだったこともあり、これもまたなんという偶然かと思ったりした。

しかし、いくら「この偶然には意味がある」と思っても、それを知る術がないのだから、どう行動していいかわからない。

その動画では確か無理になにかをする必要はないと言っていた。
その偶然に意味があることを心に留めておけば、自然と必要な時に行動できるものらしい。



昔、興味深いミステイクについての話しを聞いたことがある。
3つミスが続くのはある種のサインであると。
ここで改善しないと、次のミスで取り返しのつかないほどの大事になるというような話しだった。

これは確か大きな鉄道事故があった際に、ある有識者の言っていた言葉だ。
それは偶然起こるのではなく、必然であると語っていた。
大きなミスの前には、必ず小さなミスが重なっているものだ聞き、なるほどなと思った覚えがある。

こうして考えてみると、全ては偶然という名の必然なのではないかとも思える。
偶然のように見えるけれど、実はすべてがどこかで繋がりがあるという事だ。


例えば、悪いことが重なり最悪の状況になった時、全く運が悪いななどと思うのだけれど、これも偶然に悪いことが重なったのではなく、その結果となる種を蒔いていたのは自分で、それは必然であり、起こるべくして起こっていることなのでは?と。

偶然をスピリチュアルに捉えると、なかなか浪漫があって面白いなと思うのだけれど、実際は自分の暮らしが作り出した偶然という必然なのかもしれない。

だからこそ、毎日しっかり前を向いて正しく生活していくことが大切と思うのだ。
時に不運に見舞われ、自分がどんなに正しくあったとしても、報われないどころか、散々な憂き目に遭うこともあるだろう。
それでも、人生とは山あり谷あり!そう思って「今は谷底だけど、あとは登るだけよ」と、歩みを進めれば、いつの間にか苦境から脱しているものだ。
これは私自身、これまで生きてきて経験してきたから間違いない。
諸行無常…物事は常に移り変わっていくものだ。いまがどんなに大変で辛くても、それは一生涯続くわけではない。
とにかく前を向いて正しく歩いていれば、状況はおのずと変わるもの。それが自然の摂理というものなのである。

偶然や必然の意味を考え出すとキリがない。実態のないものは自分自身の心持ちで捉え方も変わるものだ。

どんな偶然も全ては自分の行いによる必然であると思っていた方が現実的ではないかと思うし、浪漫だなんだと余計な期待をもたずに済む。

あまり深く考えず、こんな偶然もあったな…そう心に留める程度がいいのかなと思う。

前述した原付バイクの夢などは、それでは説明がつかないけれど。。。