In other words

I really don't know life at all ...

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目的がなくても行く意味のあった韓国ソウル旅。

先日、十数年ぶりに韓国へ行ってきた。 特に行きたかったわけでも、行かなければいけない理由があったわけでもない。 ただ、長女からごはん要員として誘われたので、まあ時間だけはあるしと同行することにしたのだった。

行き先はソウル、ホテルやエアーの手配は長女に任せたので、ホテルも彼女が渡韓のたびに使っている江南エリアの常宿となった。

長女は用事があっての旅ということで、晩ごはんや時間があるときだけ一緒に食事をし、それ以外はほぼ別行動であった。

私のようなおばさん世代にとっては、周りのお友達などをみていると、ほぼみんな美容目的での韓国旅だ。日本で施術するよりも安いらしい。 しかし私は切ったり貼ったり、注いだりなど全く興味がないので、せいぜい空港の免税店で若干お安く化粧品を買うくらいで十分なのである。わざわざ旅先を韓国にする必要はない。どこの国へ行っても免税店はあるのだから。

では、観光はどうか? これも十数年前には年2度は渡韓するくらい行っていたので、その頃にソウルの観光地は散々見てきた。 よほど好きな場所でもない限り、そう何度も行きたいとも思わない。 ただ一軒だけ行きたいお店があった。サムギョプサルがとんでもなく美味しいお店だ。しかし記憶を頼りに以前探してみたものの、お店の名前も覚えていない…というか、ハングルは読めないので知らないも同然だ。 そのお店に初めて連れて行ってくれた親類に尋ねてみたものの、あちらも全く覚えておらず、ただ「新論峴あたりにあったと思う…」としかわからなかった。 数ある韓国料理屋の中、そのエリアだけに絞っても到底見つかるはずはないので今回は除外した。

結局、行きたいこともやりたいこともなく、ただ東京にいる時と同じように、百貨店へ行ってぶらぶら、ショッピングモールをふらふらしているだけであった。

丸一日長女と行動を共にする時間があったので、江南エリアを抜け出し、漢江を渡り韓屋などが並ぶ人気のエリアを歩いてみた。 私はただその近くにあるパン屋さんのクイニーアマンが食べたかっただけなのだけれど、まあついでに観光気分を味わうのもよかろうと思ったのだ。

無事にクイニーアマンを手にし、もはや他にやることはない。とりあえずお腹を満たそうと狭い路地を歩いてみたものの、とにかく人が多く美味しそうなお店はどこも行列ができていた。

そのうちの一軒、長女が昔行って美味しかったという蒸しパン屋さんも長い列ができていた。 私も長女も並んでまで食べたいとも思わない。と、いうより並ぶのが苦手なのだ。 そのお店は諦めてもう一回り、いつの間にか蒸しパン屋さんの前に戻ってきていた。 するとあれほど長い行列がすっかり解消され、暖簾をくぐってみればすぐに席に案内されたのだ。どうやらタイミングの問題らしい。

とりあえず蒸しパンと冷たいドリンクをオーダーした。 なかなか美味しくて軽いランチとしてはとても良かった。

その店で後から入ってきた日本人のおばさん二人連れ。話の内容からKPOPグループのライブお目当てに渡韓してきたようだ。 いわゆる「推し活」というものらしいけれど、こんなおばさん達まで、若いKPOPグループの男子達に夢中になっているのかと不思議であった。

今は美容だけでなく、こうした目的を持って韓国へ訪れる人も少なくないようだ。帰りの空港ではそんなおばさん達を大量に目撃した。 カバンにアイドルのマスコットのようなものをぶら下げていたり、その会話の内容からもすぐにわかった。 みんな数人のグループでとても楽しそうだ。会話ももちろんご贔屓のアイドルの話を嬉々として話している。その姿はまるで乙女で、そこまで夢中になれるのは逆に羨ましいくらいだな…などと思ったりもした。

私はと言えば、いくつかの百貨店に足を運びぶらぶらとどんな品物があるのか見て歩き、結局何一つ欲しいものは見つからずで、最後はデパ地下で食べるものを買うのみ。そんな旅だった。

食事は長女と二人で大好きなポッサムやユッケビビンバ、冷麺なんかを楽しんだので、それだけで行ってよかったとは思うけれど。

なによりも久しぶりに日本の外に出たという清々しさが一番大きかった。 若い頃、歳をとったら長いフライトも面倒になり海外へはいかなくなるだろうから、海外は若いうちに、歳をとったら国内旅行へと考えていた。 実際その通りで、ここ10年くらいは国内ばかりだった。その間コロナ禍もあり余計に海外から足が遠のいていたのだ。

海外旅行は面倒という気持ちは変わらないけれど、いざ出てみれば、違った街の匂いや空気感、雑踏のノイズでさえ違った音色を奏でている。そんな中を歩くのは、なんだか素敵な気分になるものだ。

日本で当たり前に過ごす日常から離れることを目的と考えれば、韓国は近い上に、言葉も通じず一応外国へ来たという空気を楽しむことはできる。 これはなかなかいい旅先ではないかと思った。 美容にも推し活にも全く無縁、かろうじて食を楽しむくらいのものだけれど、なんだか行ってよかったなと思った。

欲しいものがなかったせいで、食べることにしかお金を遣わなかったので、旅費も安く済んでしまった。

おかげで帰国してからすこぶる体調がいい。 天気のせいもあるだろうけれど、やはり息抜きしたのは大きいだろう。

Xの写真無断転載(パクツイ)にモヤモヤするもルール分からず。それっていいのですか?

あまり騒ぐようなことでもないのかという思いもあり、さりとてモヤる気持ち拭えずなのでわざわざ時間差投稿にしている。

少し前、いえ結構前のことなのだけれど、Xでたまたま見つけてしまったモヤモヤ事案。
SNSの暗黙のルールみたいなものが存在するか否かすら知らないので、これって普通のことなのだろうか?と疑問に感じたことがあった。

昨年だったか、私がポストしたあるお菓子の写真が知らないうちに他の誰かに使われていたのを、最近になって偶然発見してしまったのだ。

どこかで見たことあるぞ…
この背景、皿、クリームの盛り。。。

これは昨年、私がXにポストした写真だ!
裏取りのためスクショし、昨年のアルバム及び自己の該当ポストの写真と比べてみたら、やはりそれは私の写真であった。

なんだかモヤモヤした。。。
素人の撮ったケーキの写真に著作権云々までは言わないけれど、いわゆるパクツイといわれる無断転載は許されることなのか?

ネット上ではFF(相互フォロー)さんと以外はなるべく絡みたくないので、クレームつけるのも面倒だ。そもそもそれは暗黙の了解としてSNS界隈では普通に行われている行為である可能性もある。
ブログこそ長く続けているけれど、XではポストはすれどSNS界隈の掟にはまったく明るくないのでわからないのだ。

ブログでも勝手に記事を引用されることはたまにある。ほとんどの場合、丁寧に許可を求めるコメントをしてくださるのだけれど、ごくごくたまに無断引用されることもある。
ただ、ブログの写真だけを無断転載するのではなく、その記事丸々引用するためこちらに通知が来てわかるようになっている。

それでも多少は無断ということでいい気持ちはしないのだけど、反面そこで引用されることによりアクセスが増え、思わぬ収益に繋がる可能性もあり、まったくやられ損というわけではない。
ただ、無断引用ブログのほとんどは大したアクセスもないことがほとんどなので、その辺りの影響力に関しては期待できないのだけれど…
ただ、Xのように勝手に使われて、はい!おわり。。。ではないだけまだマシといえよう。

それにしても、このように勝手に人の写真を自分のポストに使うことを、当人はなんとも思わないのだろうか?
正直私には考えられない。。。

その写真のものがとても美味しそうで気に入ったのならば、引用して何かしらコメントすればいいだけなのに、さも自分が撮った写真のように使用するのだ。

世の中、いわゆる「パクリ」というものはあらゆるところで散見されるものだ。

SNSとは少し違うけれど、レストランのメニューなども他の無名シェフのレシピをパクリ、さも自分が考えたお料理です!と提供しているのも見たことがある。

身近なパクリといえば、学生時代などは好きなブランドのハンカチや小物を揃えていたところ、気づけばまったく同じものを揃えていた友人がいた。
「素敵だから同じものを買ったの」
そう言われれば満更でもないものを「私は昔からこのブランドしか使わないから」などと、言っているのを小耳に挟むと、「なに言っちゃってるのかしら?」と呆れてしまう。

そんな私は心が狭いのだろうか。。。

昔から天邪鬼のようなところがある私は、とにかく逆張りに走りがちなところがあった。
今は歳を重ね、「良いものはよい!」と思えるようになってきたけれど、今でも逆に走りたくなることがよくある。
つまりは人と同じはイヤというやつだ。

SNSなどで流れてくる美味しそうなお菓子をみると、食べてみたいなと思ったりするのだけれど、誰も彼もが同じものを手に取っているのを見ると、そんな気持ちも萎んでしまう。

萎んでも容易く手に入ればいいのだけれど、何時間も行列に並んだり、まんじりともしないサイトに張り付いて予約に躍起になるなど、それが普通になった昨今、もはや逆張りを理由に避ける方がよほどストレスがない。

そう思って逆に走ったはいいものを、時にとんでもなく美味しいものを逃したかもしないなどと後悔することもしばしば。

それはさておきXだ。

もはやなんのためにやっているのか…
パクツイにいちいち悶々としているのも馬鹿らしくなってくる。
不可抗力とはいえ、不快になるようなことに自ら首を突っ込んでいるような気にもなる。

頑張って少しでも美味しそうに見える写真を撮るのもブログのためだ。
そのついでにXにあげているようなものだから、こんなモヤモヤするのなら「ブログアップしました!」とそれだけポストすればいいのか…なんて考えているうちにすっかり夜も更けてしまった。

嫌なことは忘れてしまえというけれど、嫌なことこそ忘れずにいることも大切だと思っているので、そうそう簡単には流すことはできない。

しかし相手のあることだ。同じ常識、価値観を持っている人ばかりではない。
パクツイ主にとってはそれが常識と受けとめている可能性もある。
私ももういい歳だ。些細なことにこだわらず、そんな人もいるのだと理解することが一番ストレスがなくていいのだろう。

とりあえずブログで吐き出したのでよしとしよう。もしもまた同じことをしたら、一言もの申してこようと思う。


意地悪顔のおばさんが君臨するスーパーの謎。

家の近所に小さなスーパーがある。品揃えは最低限のものが揃っているというくらいで、特別珍しいものが置かれているわけではない。
お野菜などはかなり小ぶり、お肉など生鮮食品も安い外国産なども取り扱うなど、とにかく安さで売っているようなお店だ。

我が家近隣には少しお高いけれど、良いものが手に入るスーパーがいくつもあるため、その小さなスーパーへはあまり行かないのだけれど、急に牛乳や卵が切れた時などは、我が家から最短距離にあるそのスーパーを使うこともある。

夫などは仕事の帰り道にちょこちょこと寄っているため、そのスーパーに関しては私よりもずっと詳しい。
先日、家族で晩御飯を食べているとき、話題がそのスーパーのことになった。

「バイトやパートの人だと思うけど、行くたびに人が変わっているんだよね。一人を除いては…」

夫がそう言うと、すかさず長女が同意。

「1ヶ月もしないうちに変わるのよね。でも、あのおばさんだけはずっといるの。なんかおかしくない?」

あのおばさん…
たまにしか行かない私でも毎回顔を合わせているので、フルタイムで働いている人なのだろう。

歳は50代半ばくらいだろうか、朝駅で見かけたことがあるので、よその土地から通ってきている人らしい。

ものすごく剣のある顔というのか、いつも不機嫌そうで笑顔を忘れてしまったかのように仏頂面をしてレジに立っている。
よく「意地悪そうな顔」というけれど、まさに絵に描いたような意地悪顔なのだ。

「よくパートとかでイジメとかあるでしょ?もしかしてあのおばさんが他のバイトをいじめて追い出してるとか⁉︎」

かなり偏見まじりの憶測だと思いながらも、その可能性もなきにしもあらずかと思ってしまった。

店内には常に求人募集の貼り紙がレジの前に大きく貼られている。
見れば勤務時間帯も3通り、時給も決して悪くない。
小さなスーパーなどでレジに行列ができるような混雑もなく、仕事自体他のスーパーに比べてハードであるとも思えない。

とはいえ、私にはスーパーの仕事内容も内情もわからないので、どんな仕事を課せられているのかは不明だ。
もしかして、バックヤードで事件は起こっている可能性もある。

しかし、そのスーパーでの働かせ方に問題があるのなら、なぜあの意地悪顔のおばさんだけが辞めずにずっと居座っていることができるのだろうか。

バイトやパートでこれまでレジに立っていたのは、男女同数くらいだろうか、年齢はまちまち、若い学生さんもいれば外国人も、中年のおばさんからおじさんまで入れ替わり立ち替わりとにかく幅広い層だ。

その人達が一月と経たず、変わっていくのだ。
そして意地悪顔のおばさんだけが変わらず君臨しているといった状態が、私の知る限り10年以上は続いている。

意地悪顔のおばさんがオーナーかとも思ったけれど、そうではないらしい。
オーナーは別にいてその人もまたたまにレジに立っていると。やり取りからして、意地悪顔のおばさんはパート勤務で間違いないらしい(夫談)。

勝手な想像で申し訳ないけれど、いよいよ意地悪顔のおばさんによるパート•バイトいじめ説が濃厚になってきた。

自分が勤務しているわけでも、そのおばさんから酷い接客を受けているわけでもないのでどうでもいいのだけれど、暇な私は気になって仕方ない。

最近では以前よりも足を運ぶ回数を増やしている。どこのスーパーでも売っているようなものなら、近いし安いしというのもあり、なるべくそのスーパーでお買い物をし、意地悪のおばさんウォッチングをしている。
どっちが意地悪婆さんだかわからなくなっている(笑)


ちょっとばかり興味を持って人相学みたいなことを調べてみたりもした。
その人の生き方が顔に表れるとよく言われるけれど、実際はどうなのだろうか?

周りの顔を思い浮かべて想像を巡らせてみれば、生き方というよりもその人の生活が映し出されているように思える。

不満の多い暮らしをしている人は、どこか険しい顔をしている。夢中になれるものがあり、それを追いかけているような人は、生き生きとした充実感が顔に表れている。。。

身なりを整え着飾っていても、それらを完全に隠すことはできない。表情から内情がダダ漏れしてるように感じることもある。


以前、あるコンサートへ行った時のこと。客層の中心がおそらく50歳以上だったと思う。そこで私は衝撃を受けたのを覚えている。
自分はまだまだ若いつもりでも、同年代のあらゆる人の姿を目の当たりにし、私はこんなにも歳をとっていたのかと。。。

一緒にいた長女に嘆いたところ苦笑されたのだけれど、その時に彼女が言ったことを今でもしっかり心している。

「見て、同じ年齢でも綺麗な人とおばあちゃんみたいな人がいるでしょ?あの違いは多分、髪と化粧だよ」

よくよく観察してみれば、なるほど綺麗な人は髪が綺麗に整えられていて、年相応アラを隠した控えめで上品なメイクをしている。

「髪だけでも綺麗にしていれば、年相応に上品に見えるから大丈夫よ」と。

以来、私も外出の際にはその点をとても気をつけるようにしている。

ただ、見てくれだけ整えたところで、長年かけて形成された心を写す表情というものを変えられないのも事実だ。

あのスーパーの意地悪顔のおばさんは、身なりにも一切頓着しないタイプなのか、いつも白髪混じりの茶髪で、化粧も一応はしているけれど、顔のあらゆるところからシミが浮き出し、口紅もほとんどとれている状態だ。

かと言って、見た感じ生活に疲れているという雰囲気もない。
なんだろう?どんな形容詞がしっくりくる?と考えたところ、頭に浮かんだのが「粗野」「ふてぶてしい」そんな言葉だった。

スーパーで意地悪顔のおばさんと言葉を交わすのは「袋いりますか?」それだけだ。
その言い方はいつもどこかぶっきらぼうで、とりつくしまがない。
もちろん「いらっしゃいませ」も言われたことはない。

ただ、男性には少し違うようだ。
夫と一緒の時は声高らかに「いらっしゃいませ」とわずかな笑みを持って迎えられるのだ。
以来注意して観察してみた結果、「いらっしゃいませ」は男性客のみに発せられる言葉であるとわかった。
少し声のトーンが柔らかくなるので、その辺はまだ乙女なのか?と私も意地悪婆さんさながらニヤニヤして見てしまったりもする。

つい最近も夫と二人でそのスーパーへ行った。夫がお会計に行くといつもの剣のある物言いではなく、「袋入れますね」とかなり柔和な言い方をしていたから、間違いないだろう。

客に対してもそこまであからさまに態度を変える図太さ、それが同僚に向けられているのか、それとも誰も続かないようなブラックな環境でさえも響かないほどの図太さなのか、考えれば考えるほどわからなくなった。

「それならマミー(私のニックネームのようなもの)が働いて内偵してきてよ!どうせみんなすぐやめていくんだから、続かなくても文句は言われないでしょう」

家族からけしかけられ、本当に真相解明にはそれしかない…そんな気持ちになっている。
しかし、己の性格を思えば意地悪でもされようものなら、100倍返しするまでは辞められぬとばかりに張り切って働いてしまいそうだ(笑)

それよりも問題はいじめよりも体力だ。長年に渡り家にこもっていた人間が、この年齢でいきなり外で働くというのは体力的にもどうなのかと正直自信がない。
心よりも身体の方が先に悲鳴をあげることだろう。

そんなわけで内偵調査案は却下。
今後も引き続き意地悪顔のおばさんウォッチングを継続していくことにした。

とにかく品物が安いスーパーなので、昨今の値上げの波に対抗するのにもうってつけだ。
節約も兼ね一石二鳥とすることとする。

なんだかここまで書いていて、一体どっちが意地悪なのかと恥ずかしくなってきた…