In other words

I really don't know life at all ...

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40代〜50代女性に向けた「人生でやり残したこと」アンケートの結果について。老後の生きがいや生活について思うこと。

以前、ネットで某美容系会社の行った「第二の人生に対するアンケート調査」なるものを読んだことがあった。

これまで実感もなく口にしていた「第二の人生」という言葉。
コロナ禍による生活の変化は、のんびりと過ごしてきた専業主婦にさえも、決して少なくはない影響を及ぼした。
社会が丸ごと変わってしまったような予期せぬ出来事に、心境の変化といったものが芽生えたのだろう。第二の人生について、現実味を持って真剣に考えるようになった。

件のアンケート調査の中に「これまでの人生でやり残したこと」が具体的に挙げられていた。

「やり残した」ということは、できなかった、またはやりきれなかっということで、もう時すでに遅しという意味と理解してもいいのだろうか。

オリンピック選手を目指す!などという夢のような願いでなければ、まだまだこれからだってできることはたくさんあるでしょ?と思わないでもない。
しかし、同じことをしても、それが20代の時か50代かではやはり大きな違いがあるのは否めない。そう考えると、やはり「やり残した」ということは、物事によっては「できなかった」という意味にも等しいと考えられる。


では、一体何をやり残したのかといえば、以下のようなアンケート結果が記されていた。

1位 旅行

2位 貯金

3位 自分磨き

4位 趣味

5位 ダイエット

6位 恋

この結果を見て、「は?」と思ってしまったのは私だけではないはずだ。

なんだか、あまりに平々凡々とした事柄ばかりで、これって本当なのかしら?とちょっと疑った。なんでもすぐに疑うのは悪い癖だ。
やめよう。。。

それもしても「やり残したこと」というからには、もっとすごいことを想像していたのに、この誰でも一度はやったことのあるようなことが結果なのか⁉︎

よくよく記事を読んでいくうちに解ったのは、実際に「やったことが」あるということではなく、そこに納得する結果が伴っていない場合、それは「やり残したこと」と解釈されるようだった。
つまりは「もういいです。お腹いっぱいです」というくらい、経験しなければいけないことのようだ。

経験こそしてきたけれど、ロクな結果を残さなかった私としては、「なんという欲張りな!」というのが正直な感想で、一度でも経験すれば御の字ではないの⁉︎と思うのだけれど、世の中のアラフィフ世代は志高く生きてきたようだ。。。





自分は何をやり残したのだろう?と考えてみた。相変わらず意味のないことを考えるのが好きだ。

アンケートの結果に沿って見ると、まず1位の旅行。これは若い頃から国内海外問わず、かなりあちらこちらふらふらとしていたので、やり残したとは思わないので◯である。

2位の貯金。ここは少し難しい。時代がよかったおかげで、若い頃は貯金するという意識を持たずとも、自然と残高は増えていった。
そこは◯なのだけれど、後々子供の教育費がかさんだりと、かなり目減りした。
もっとあったらよかったのにな。。。くらいは思う。
されど、「やり残した」と後悔するほどではない。
若いときはお金よりも、さまざまな経験をして、人生の春を楽しむことのほうが価値があると思っているからだ。
お金を蓄えるよりも、経験値を上げることに投資したと考えれば、結果的に◯なのだろう。

3位の自分磨き、4位の趣味に関しては、あまり求めていなかったのか、ほとんど記憶にない(笑)
この歳になって、ようやく「趣味が欲しい」と切実に思うようになり、最近はパン作りをしたり植物を育てたり、ブログを書いたり、温泉行ったりと、趣味とも言えるようなことを始めたりもしているので、まだまだ新しい趣味を楽しむチャンスはある。
やり残したとは言わない。

自分磨きに関しては、そもそも興味がないので、今後も目を向けることはなさそうだ。
あわよくば加齢による劣化を少しでも遅らせるために、美容液を奮発するくらいのことはするだろうけれど。。。

5位ダイエット。この回答は少し疑問だ。若い頃と今を比較すると、今の方が断然その必要性を感じるからだ。
見てくれだけでなく、それは健康に直結する重要課題なのである。
つまりは「やり残した」などとションボリしている場合ではなく、今もなお現在進行形の問題というわけだ。

6位の恋。数は多くも少なくもなく、人並みに恋愛を楽しんだ末、好きな相手と結婚でき、子供まで授けてもらったので、これも◯と言っていいだろう。
それで十分。やり残したなどとは露ほども思わない。
50代になってまで、「もっと恋がしたかった」などと思うほど色ボケはしていない。
恋などという一時の気の迷いに心を砕いていては時間がもったいないとすら思っている。


振り返ってみれば、そこそこ満足できる程度にしてきかたと。。。
あくまでも自分基準でのお腹いっぱい度である。





「やり残した」と感じるのは、やりたくてもできなかったという後悔を残したこと。
自分がこれまで生きてきて、そう感じるのはどんなことなのだろう?と改めて考えたとき、これといった具体的なことが浮かばなかった。
そうかといって、やり切りました!と言えるほどでもない。。。

そこで思い当たるのが「努力」だった。
時代や生まれ育った環境が恵まれていたせいで、努力せずともやりたいと思ったことはほとんどできた。欲しいものも手に入るような生活で、実に安穏と暮らしてきた気がする。

ただ、そのせいで努力しなくてもなんとかなると、自分にとって楽な生き方しかしてこなかったという後悔はないと言ったら嘘になる。

もう少し欲を持って、高みを目指す「努力」ができたのなら、のんびり韓流ドラマを観ながら過ごすような専業主婦にはならなかっただろう(笑)
確実に今とは違う人生だったはずだ。

それでも、この人生も悪くないと思ってしまうのは、やはり根っこの部分で努力や辛抱が苦手な人間なのだろう。

細かいことを言えば、もちろんやれば良かったなと思うような事はあるけれど、その当時の自分が、これはなくてもいいかなと決め、自分が選択してきたことなので後悔というのはない。
今の自分は全て自分自身の選択によってあるものだ。そう考えれば、今あるこの生活に不満の持ちようもない。

不満など口にしようものなら、すぐさま「自業自得」という言葉がこだまのように繰り返し、これでもか!というくらいに返ってくるだろう。

40代で大病をしたとき、初めて自分はあとどれくらい生きられる?と、自分の人生を振り返る経験をした。
冗談ではなく、生存確率が非常に低い病だったため、真剣に残りの人生でやり残したことはないか?、これからなにがしたいか?そう考えたのだ。

その時に思ったのは、「まぁ、やりたいことはやってきたし、いい人生だった」ということだけだった。
残された人生で特別やりたいと思うこともなかった、普通の日常を家族と過ごせればいいというくらいで。

そこには後悔などなく、「色んなことができたし、楽しかったな」という思いがすごく大きかったのを覚えている。

あんまり無欲なのは考えものだけれど、欲張りすぎるのもよくないし、他人との比較も意味がない。

自分の身の丈で考えて、楽しい人生だったと思えれば、結局はそれが一番幸せなことなのだと思う。





そんなサバイバーな私も、第二の人生をどう過ごしたいか?
せっかく命拾いしたのだから、それを無駄にしてはバチがあたるというもの。
人生後半戦というリングに立たせて頂いたからには、しっかりと戦わなければいけない。
50代となってもまだまだ終わりではないのだ。

今後の人生になにを求めるか、それに対するアンケート結果も出ていた。

1位 健康
2位 パートナー
3位 住まい選び、ひっこし、移住

こちらの結果、まず1位は同意しかない。
若い頃は健康であって当たり前と過ごしてきたけれど、40代になり立て続けに病気をしたことで、健康のありがたみを実感したと同時に、どんなことも「健康があってこそ」と思うようになった。

ただ、2位はピンとこなかった。。。
夫と共に生きる?別に離婚などを考えているわけではないけれど、私は基本的には自分一人の単位で考えた方がいいと思っている。
今はなんの問題もなく良好な関係であっても、1年後にどうなっているかなど誰にもわからない。

なによりも、自分がやりたいことと夫のやりたいことが同じとは限らない。それぞれが好きなことをして、どこかで接点があれば一緒にというくらいがストレスもなく、一番いいかなと思っている。

3位の住まい選びに関しても、あまり深刻には考えていない。
本当はもう少し深刻になったほうがいいのだけれど。。。

今は都心暮らしが快適だと思っているけれど、田舎暮らしへの憧れもある。そのうちもっと静かなところへ行きたいと思うかもしれない。

国際結婚のメリットで、日本が住みづらくなれば、海外へという選択肢もある。


ただ、美味しいものがすぐ手に入ること、病院があること、これだけはマストなのだけれど(笑)
そうなると、やはり東京にいるのが一番楽かなと思ったり。





理想の老後。。。
これからどう過ごしたいかといえば、ありきたりだけれど、いつまでも健康で、気が向いた時にはふらっと一人で旅行したり、あとは家で美味しいお菓子でも食べながら韓流ドラマなどを楽しみ、たまにお友達と会って。。。
想像できるのはそれくらいだ。
すっかり欲が抜け落ちているようだけれど、これほど贅沢な暮らしはないと、自分では思っている。


基本的には自由でありさえすれば、他に求めるものはない。ただ、この自由というのが、そもそもすごく欲張りだとは思うのだけれど。

行動する自由だけでなく、好きなことをするための経済的自由というのもあるし、家族という繋がりにおいても自由でいたいとなれば、介護だとか、そうした言葉は悪いけれど、足枷となるようなことに縛られるのは嫌だとか。
結局、すごくわがままなことを求めている。

わかりやすく言えば、私の理想は『男はつらいよ』の「風天の寅さん」や『ムーミン』に出てくる「スナフキン」みたいな生き方だ。

これはひとりでなければ叶わないことだ。
私には家族があるので、それは無理だろうけれど、妥協しつつも子供達が独立したら、そんなふうに生活してきたいなとは夢見ている。

つまりはこれまで通り専業主婦として、欲を言えば、家事なし専業主婦として生きていければ満足ということだ。
欲があるような、ないような。。。

これはあくまでも理想なので、10年後どうなっているかはわからない。
途中でガラリと考え方が変わる可能性もある。自分の気まぐれな性格からいっても、十分に考えられることだ。

性格上、なんでもかんでも無理矢理にでもポジティブに転換しようとするせいか、過去も未来もとりあえずは明るい(笑)

能天気だとか刹那主義だとか、周りの人達からは、これまでも色々と言われてきた。50を過ぎた今でさえ「あなたは呑気ね」などとお友達を呆れさせることもあるけれど、それでも人並みに楽しい人生を送ることができているのだから、これも一つの幸せな生き方と言ってもいいのかなと思っている。
我ながら、本当にポジティブだ。。。

人生の春はとうに通り過ぎてしまったけれど、秋もまたいいものじゃないかと、最近は思えるようになってきた。

やり残したことを思うより、これからやりたいことに目を向けていこうと思う。

50代からのひとり旅。目的は一つに絞り、ゆっくりじっくり楽しむ旅へ。

先だって、ゆっくり温泉を楽しもうと長野へ行ってきた。
長野はとても好きな土地で、過去に何度も訪れたことがあるのだけれど、長野と言っても広い。

今回は「温泉」が目的だったので湯田中の方まで下ることにした。

ちょうど善光寺さんが御開帳とあって、長野駅などはこれまで私が訪れた中でも一番の賑わいだった。

この時期に長野を訪れたのも、何かのご縁かと善光寺詣を考えたものの、これはぎりぎりまで迷った。

ゆっくりと身体を休めるための旅なのに、御開帳とはいえ、人混みの中にまみれ疲れるのはどうかと。。。

その労力を想像しただけで萎える。

これがもし、御開帳目的の旅だったら?

そんな混雑も気にせずに、嬉々として善光寺さんを詣でていたはずである。

年齢とともに、さまざまなことを一度に片付けることが億劫になってきた。
旅行に限らず、普段の生活の中でも外出予定などは一日に一件と決めているくらいだ。
忙しなくハシゴすることを想像すると、うんざりと後ろ向きな気持ちになるのだ。

50代でこんな疲弊しているのは、少し情けない。。。

若い頃は決してそうではなかった。
日常生活はもちろん、旅先でも朝から晩まで見たいもの、食べたいものを求めてギッシリと予定を詰め込んでいた。
面倒になるどころか、それを嬉々としてこなしていたのだから、若さの持つエネルギーとはすごいものである。





今回の旅の目的は、「身体を整える」ことだった。

家族の雑事に振り回されて、疲れが溜まったのか、身体中がギシギシ。筋肉痛に加え腰の痛みが出てきたので、これはまずいと思った。
鉄は熱いうちに打たねばならぬ。

思い立ったら吉日。家族の予定などを考慮し、なんとか3日間を確保した。

行き先は静かな温泉ならどこでもよかった。目的は温泉に浸かり、のんびりと身体をリラックスさせること。それ以外は特にしたいこともなかった。

場所を行き慣れた長野にし、数日前にゆっくりできそうな宿を予約しておいた。宿だけは確保しておかないと、万が一宿なしになどになったらリラックスどころではない。

新幹線の切符は当日東京駅の券売機で買った。
この時期ならまず満席ということはない。満席だったら次の新幹線で向かえばいいだけだ。
指定席が取れなくても自由席という手もある。

時間に縛られないというのは、なんとも気楽なものだ。

訪れた温泉地は新幹線の止まる長野駅から特急に乗り換え、さらに1時間弱。そこから車で10分ほど。
宿が4軒しかないとても小さな温泉地で、周りには何もない静かな場所にあった。

娯楽施設はもちろん、飲食店もない。
若い頃であったら、決して選ばない場所だった。

観光で見て回るようなところもなし、写真を撮れる場所といえば、目の前に広がる山々と青々とした田んぼくらいのものだった。
それでもビルに囲まれたところで日々暮らしている私にとっては、そんな景色さえ物珍しいもので、旅気分を盛り上げることに不足はなかった。

とにかく温泉と寝る場所、質素でもお腹を満たしてくれる食事さえあれば、それで十分だった。





2泊3日、そんな何もない温泉地の小さな旅館にこもり、紛れもなく温泉三昧の時を過ごした。

日に何度も温泉に浸かり、敷きっぱなしのお布団にゴロリと横になって本を読み、時間がくれば運んできてくれる食事をいただき、のんびり過ごした。

2日目の昼間、少し散歩でもしようと歩いて30分ほどのところにある別の温泉街を訪れてみた。
たくさんの旅館や飲食店が連なる、とても栄えた温泉街であったのだけれど、昼頃だったせいで閑散としていた。

ひと回りして、開いていたお店があったので、おやつのパンと和菓子だけ買って、また元来た道をテクテクと歩いて宿へ帰った。

とてもよいお天気の日で、戻った時には汗だくになっていたので、また温泉にゆっくりつかった。

外出はこの一回だけで、あとはずっと宿の中で過ごした。

特筆することが見つからないほど、温泉に入ること以外はなにもしなかったのだけれど、そんな何もしないことが、とても楽しかった。

「温泉に好きだなだけつかって、のんびりする」

そんな当初の目的が、十分すぎるほどに満たされていたからだ。





「温泉」を目的としたこの旅の形は、なにも歳をとったからというわけでなく、たまたま今回がそうだったということだ。

若くはないとはいえ、まだまだ好奇心は残っている。見たいものもあれば食べたいものもある。

若い頃と違うのは、たくさんのものをかけ足で見るのではなく、一つのことにじっくり向き合うということなのだ。

温泉にも入り、観光地を巡り、土地の美味しいものを食べ歩くというような、これまでの旅の形ではなく、どれかひとつだけを目的に、それをじっくりと楽しむという旅。

時間のあるこの歳だからこそ、できることでもある。

例えば、京都にある好きなお店の和菓子を食べに行く旅、また名古屋の美術館にある好きな画家の絵を見に行く旅、素敵な陶器を求め陶産地を訪れる旅、北欧へオーロラを見に行く旅 etc

例を挙げたらきりがないほど、旅の目的となり得ることはいくらでも出てくる。

目的はなんでもいいのだけれど、肝心なのはとにかく一点集中の旅とすること。

その目的を思う存分楽しみ、もしも時間に余裕があれば、その土地の美味しいものでも楽しめればいい。そんな旅が理想だ。





そんな旅をするためには、絶対に一人旅がいい。
どんなに気の合う友達でも、家族でも、感情の動きは全く違う。
自分がもう十分だと思っても、他の人はまだまだと思うかもしれない。その逆もまた然りで、自分はもっともっと楽しみたいのに、他者はもう結構と思うかもしれない。

お互いに気を遣いながらでは、双方が100%満足するのはかなり難しいことだ。

そのあたり、妥協も然るべきと思える人は、誰か気の合う人と旅を楽しむのもいいと思うのだけれど、私は我儘な性格なのでその妥協ができない。

若い頃は友人と旅をしたこともあったし、家族ともよく旅をしてきた。
しかし、そのたびに自分の一番したいこと、見たいものもを100%楽しめないことが残念だと思って過ごしていた。

今では子供達も大きくなり、家族で旅をするようなことも少なくなった。そして、友人と旅行へ行くこともなくなった。
類は友を呼ぶで、友人もそれぞれ自分だけの一人旅を楽しんでいる。みんな時間の有り余った専業主婦ばかりなので気ままなのだ。

稀に「私も連れて行って」「一緒に行きたい」という人もいるけれど、「旅行はひとりでと決めているからダメよ」とはっきり断っている。

ただ、誰もかれもが一人旅を楽しめるとは思っていない。
よく旅の途中で同年代の女性グループがワイワイと旅行しているのを目にするのだけれど、とても楽しそうだ。
もしかしたら、そんな人たちの旅の目的自体が、「お友達と旅行を楽しむ」ことなのかもしれない。

私の場合、お友達とは近所で会って食事やお茶をしながら、他愛もないお喋りを楽しむだけでいい。旅先でまで同じことをしようとは思わない。

人それぞれ、旅の形もそれぞれでいい思う。





一人旅をするときは、基本2泊3日と決めている。
一応、家庭を仕切る専業主婦という立場だったので、あまり長期間家を空けると家族に不都合が生じることになり、後々面倒になる。

ベランダにはお世話をしなければいけない植物があり、冷蔵庫の中にはサワードウブレッドを作るための大切なスターターもいる。これもまた餌やりがあるため放置はできない。

そんな諸々の事情を考慮すると、とりあえず今は2泊3日くらいが適当なのだ。
これまでの経験から、目的が一つであればそれで十分、旅を堪能できるとわかっている。

これがあれもこれもやりたい、見たいとなれば、2泊3日ではまったく不十分だろう。

限られた時間の中でじっくりと旅を楽しむためには、やはり目的は一つに絞るのが一番である。

メンタル、フィジカル共に、若い頃とは違う。考えずとも自ずと心と身体が教えてくれるものだ。

旅もその一つ。20代と50代ではその形が変わってくるのも必然だ。

より旅を楽しむために、これからの旅は欲張らずに、ただ一つだけ、本当に求めるもの、望むことにフォーカスしていきたいと思っている。

目的を一つに絞るひとりの旅こそ、私にとってはもっとも満足感が高い旅となるのである。

繁忙期である夏はほとんど旅をしないので、しばらくは東京で大人しくしているつもりだけれど、次なるひとり旅は何を目的にしようか。。。すでに考えている。

目下のところ、JR東海の『大人の休日倶楽部』の会員にでもなろうか、迷っているところである。

瞳孔全開体験。加齢による飛蚊症という診断を受けて。。。

自分にとって衝撃的な出来事があると、すぐにブログに書きたくなってしまう。
誰かに話すよりも、ブログに書きながら自身の心境とやらを追った方が、はるかに冷静になれるからだ。

今朝、眼科へ行った。

3日ほど前から時折視界を遮るように、黒い何かが私の目の中を飛び回っていることに気づいた。
昨日の午後になると、黒い物はさらに大きくなり、煙のように時折現れては視界の中でゆらゆらと動く。
痛くも痒くもないけれど、鬱陶しいことこの上ない。

さらに朝になると、なんとなく視界がぼんやりとしているように感じられた。
元々ひどい近視なので、裸眼ではいつもぼんやりとしか見えないのだけれど、なんとなく明度が違うというのか、普通でない気がしたのだ。

これはなにか眼の病気にでもなったのか?
さすがに心配になってきた。

たとえ眼科といえど、病院と名のつくところへは、なるべく足を踏み入れたくはない。これまで散々お世話になってきたのだ。もう十分ですと言った心境なのである。
しかし、異常を感じる以上は放置しておくわけにはいかない。
ネットで調べてみたところ、その症状にはさまざまな病気とも言える可能性があった。

これまで罹患した大病も、早期発見したおかげで急死に一生を得たのだ。
人間、好むと好まざると、やらねばならぬことはある。

幸い予定は何もない。

そんなわけで眼科へ行くことにした。





相変わらず早起きで、朝は時間があり余っている。眼科の診療開始時間に合わせて家を出た。

最近は母親の付き添いで、また子供達が幼い頃にも何度か来たことのある眼科である。
受付の感じの良いお嬢さんなどは、すでに顔見知りだ。

とても人気のある眼科で、近隣住民のみならず、かなり遠くから来ている人も少なくない。
手術でも受けるのだろう、スーツケースを持って家族で来ている人もよく見かけた。

いつもかなり混雑しているので、待つこと覚悟できたものの、たまたまいつものような混雑はなかった。

少し待ったところで名前を呼ばれ、まずは検査。視力や眼圧など詳しく調べてもらいながら、症状について述べた。

そこで言われた看護師さんの一言に震え上がった。。。

「もしかしたら、これから瞳孔を開くお薬を使って調べるかも知れません」

「瞳孔開かせるんですか⁉︎」

恐怖に慄いた。

生きているのに、無理矢理お薬で瞳孔を開かせるなんて怖すぎる。。。

開いた瞳孔は大人しく閉じてくれるのだろうか?
猫なんかも昼間は黒目が小さいけれど、夜になると全開になるから、瞳孔は伸縮自在なのか?

疑問に思うことは多々あったのだけれど、問題があるから眼科に来たのだ。もはやまな板の上の鯉である。
必要だと言われた検査を拒んでは、なんのために来たのかということになる。

言われるままに、大人しく診察室に入り、医師に右眼を委ねた。





強い光を当てられて、右眼のみならず、いたって元気な左眼までも何やら調べているようだった。
こんな小さな目の玉のどこに、そんな見るところがあるのか、考えたらおかしくなり笑いを堪えた。
真面目にしていなければいけない時に、突如笑いの発作が起きるのは、幼い頃からの悪い癖だ。

きちんとした大人にならねば。。。


「今日はお車ですか?」

医師から突然尋ねられ、「歩いてきました」と答える。

「この後、予定はありますか?」

さらに医師は尋ねてきた。

なぜそんなことを聞く?
まさかランチのお誘いをするわけではなかろう。

「予定はありません」

思惑もわからぬまま答えた私に医師が一言。

「では、瞳孔開きましょう」

前述の質問の意図とは、つまり瞳孔を開くとその後数時間は開きっぱなしのため、とても眩しくて視野が悪くなるからだという。

やはりランチのお誘いではなかった。

瞳孔を開くのはとても簡単だった。
知る前は恐怖に思っていたけれど、ただポツンと目薬のようなものを一滴、目の中に垂らしただけである。

そのまま30分ほど待つように指示をされた。

眼科の帰りに好きな和菓子屋さんで期間限定の和菓子を買って帰ろうと計画したので、時間が気になる。

私が瞳孔を全開にしている間に売り切れていたらどうしよう。。。そう思うと、ソワソワと落ち着かない気持ちになった。





途中、夫から電話が入ったのだけれど、病院の中なので取れない。
今朝の電話で「目の調子がすこぶる悪いので、今日は眼科へ行く。電話はとれない」と言っておいたのに、またかけてきた。

相変わらず人の言うことを聞いていない。自分の感情最優先で生きるアングロサクソン

電話に出ないとわかると、LINEを送ってきた。
見ると、「眼科での診察結果を知らせてね」といった内容だった。

途中経過を返信しておこうと思ったけれど、「瞳孔を開く」と日本語で書いても、外国人の夫には理解できないだろう。

重要なことはすべて英語でなければならない。

しかし、「瞳孔を開いているところです」などというボキャブラリーは私にはない。

Googleに聞いてみた。

瞳孔 英語で検索すると「pupil」と出た。
なかなか可愛らしい名詞だ。

瞳孔が開くの「開く」は直訳でopenではなく、dilaitを使うらしい。。。

なるほど勉強になるものだ。
英語など日常生活に支障ない程度にできればそれでいいと思ってきたけれど、そんな怠慢がいま支障をきたしている。
どんな単語もいつ必要になるかわからない。しっかり勉強しておくべきであった。

瞳孔=pupil

心の単語帳にしっかり記した。





夫にLINEの返信しようと思ったその時、右眼の異変に気づいた。。。

これは。。。

なんだ。。。

右眼が次第に霞み、たくさんの光が私の右眼に差し込んでくる。

黄金色に輝く輪のようなものまで見えてきた。

これがまさかの瞳孔全開状態⁉︎

死の間際、その眼に映るものとは、案外美しい世界なのかも知れない。。。

そんなことを考えながら、これまで見たことのない光に満ちた世界を体感したのだった。

ふと、開いた瞳孔はどんな状態なのだろうか?と興味がわいてきた。瞳孔全開のチャンスなど、今後あるかわからない。もしかしたら最初で最後から二番目になるかもしれないのだから、開いているうちに見ておかねば!
最後の時は自分では見られないのだから。

こんな時に限って手鏡を持ってきていなかった。仕方がないのでスマホのカメラを反転させ、自分の眼を映すことにした。

しかし、これはダメだった。光の反射や角度が定まらず、きちんと見えない。なんとなく左眼の方が黒目が大きく愛らしくなった気もしたけれど、あくまでも気がしただけだ。。。

はや夫にLINEの返信をするどころではない。

あれこれと角度を変えたり、微妙に場所を移動したりしながら、スマホに映る左眼を観察していたら、名前を呼ばれた。

再び診察室に戻った私に待っていたのは、光による容赦なき攻撃だった。

検査台に顎を乗せ、眼をこれ以上開かないくらいに見開く。
私に許されたのは一点凝視のみだ。

全開になった瞳孔が丸裸になったところで、繰り出される光の攻撃。

ま、眩しい。。。

角度を変えては、強い光が無防備になった瞳孔をこれでもか、これでもかと刺してくる。

もはや一点凝視は限界。。。

そう思ったところで、医師は「右を見て、次は右上、はい左、左下〜」と、私の眼球をくるくると回していく。

10分ほどそんなことをしていただろうか。

ようやく診断結果が出た。





「恐らく、加齢による飛蚊症でしょう」

安堵とショックが同時に押し寄せてきた。

飛蚊症に関しては昨夜ネットで検索済みだ。
加齢によって硝子体が収縮し、奥の網膜が剥がれ、その影が視界に映るという、よくある現象らしい。

そして、これは治療で治るものではなく、加齢による自然現象と捉えるがいいというものらしい。つまり黒いチラチラは慣れるしかないのだ。

加齢による現象を思い切り自覚して、かなりショックであった。

稀に網膜裂孔といった深刻な事態になっているケースもあるとのことで、瞳孔を開いてまで検査をしたのだけれど、結果そのような兆候はなしとのことだった。

ただ、眼のかすみに関しては、少量の出血がある可能性も拭いきれないので、来週また来るようにと言われた。

瞳孔を全開にしたとて、眼の奥の奥まではさすがに見えないらしい。実際のところ、見えない病気が隠れていることもある。

眼科に限らず、どんな症状で病院へ行っても、病名を断言されることは案外稀だ。
人は各人違った体質や遺伝を持っている。これまでの症例が全て自分に当てはまるわけでないということは、これまでの通院でよくわかっていた。

安心していいのかダメなのかわからないけれど、ただ一つ確かな事は「歳をとった」ということなのだ。
それを改めて突きつけられ、少しだけ気落ちした。

つける薬もなければ、治る可能性もない。そんな老化現象という診断を抱え、眼科を後にすると外は霧のような細かい雨が降り始めていた。





つい最近まで、夫の単身赴任に「バラ色の人生だわ!」と浮かれていたけれど、一転して暗い気持ちになった。

しかし、人生とは良いこと、悪いこと、同じようにやってくるものだ。
いいことばかりが続くと、必ず天はバランスを整えるべく、悪いことも連れてくる。

この老化現象によるショックによって、うまくバランスがとれたと思えば、この程度で済んでよしと、むしろ喜ぶべきなのだろう。
私は幸せ過ぎたのだ。。。

まだ開ききった瞳孔に入り込んでくる光が眩しかった。夏のギラギラとした晴天でなくて幸いだ。
 
気分を変えようと、予定通り好きな和菓子屋さんへ寄った。
片眼が光に塞がれた状態でも、お目当てのお饅頭はすぐに見つかった。
瞳孔全開の労をねぎり、ついでにお店のおすすめ、限定羊羹も買った。
これらの味を想像するだけでもテンションは上がってくるものだ。


帰宅すると次女が家に居た。大学はお休みして、家で課題をやっていたようだ。

洗面所で手を洗っている時、鏡を見ると黒目がとんでもなく大きくなっているのがわかった。

これが瞳孔が開いた状態か⁉︎ すごい!

すぐさまスマホ片手に次女の部屋に飛び込んだ。

「見てみて!瞳孔全開だよ!」
「記念に写真撮って」

私の眼を見た次女。。。

「すごい!キモっ!」

心配するどころか、興味津々で覗き込み、パシャパシャと写真に撮っては、ケラケラと笑っている。

そして最後に、、、

「いつまでそんな魚みたいな眼なの?」

彼女の目には「魚の目」に映ったようだった。。。

医師によると、元に戻るには3〜4時間くらいはかかるという話だった。
つまり、夕方近くならないと戻らないというわけだ。

視界に明るすぎる光が入り込み、ぼんやりな状態でいたら、頭が痛くなってきたので、眼を閉じることにした。

昨夜はたっぷりと睡眠をとったけれど、老眼を休ませるための昼寝である。

いくらでも眠れるのは、若い頃から変わらない取り柄の一つだ。
ソファーに横になり、瞳孔様が落ち着くのを待ったのであった。。。





それから3時間ほどして目覚めた。
しかし、まだ瞳孔は開いたままだ。

あの瞳孔全開目薬を点眼して5時間くらい経過した頃、ようやく眩しさが和らぎ、瞳孔が若干小さくなってきた。
とはいえ、夕方の時点でもまだ魚の目だ。
完全復活からはほど遠い状態である。
医師は3〜4時間くらいと言っていたけれど、これは個人差があるのだろう。
6時間経過した時点で、まだ私の瞳孔は黒々と開いていた。

9時間後、かなり小さくなってきたものの、まだ一回りほど大きい。しかし、眩しさは無くなり、明度も左眼と変わらないくらいに回復してきた。

ここは備忘録として、しっかり記しておきたいところだ。

楽しみに準備していたパン作りもできず、パソコンもスマホも本すらも見づらく、無理をすれば頭痛。。。
なんとも不自由なものだ。

普段、身体の方は多少なりとも気遣っているけれど、眼に関しては視力の悪さ以外はまったく問題がなかっただけに、ノーマークであった。

中年期になったら、自身の健康には決して楽観するべきではないと、改めて感じた。

来週、経過観察として再び診察に行く予定だ。
その頃までには瞳孔は完全に閉じていることと思うけれど、「老化」による飛蚊症とは一生のお付き合いとなるのだ。

10時間経過した今、ようやく普段通りの視力に戻ったようだ。なにはともあれ、瞳孔が元通りになってなにより。

医師の言うように、自然現象だと割り切って、黒いモヤモヤと戯れながら明るく生きていこうと思う。