In other words

I really don't know life at all ...

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たかがお菓子されどお菓子。令和のバレンタイン商戦についての呟き。

今年もバレンタインデーのかなり前から、百貨店などではチョコレート催事が花盛りであった。
とりわけインポートもののチョコレートに至っては、ヨーロッパから遠路遥々ショコラティエが来日しては、更に市場を賑わせている。

百貨店へ行けば、開店と同時に猛烈ダッシュで駆け出し、チョコレート売場へ爆走していく女子達を目にし、たいそう驚いたものだった。

「運動場じゃあるまいし。。。」と、見ていてあまり美しい光景とはいえないけれど、なりふり構わぬその姿から、チョコレートへの執念が伺われる。

最近はとにかくお菓子マニアが増えた。これはSNSの影響で、そんなマニアが表舞台に浮上してきたせいなのかもしれないけれど、やたらと目につくようになった。

私もお菓子をテーマにしたメインブログを書いていて、日々美味しそうなお菓子を見つけては楽しんでいるけれど、決して「お菓子マニア」ではない。
幼い頃からのおやつ習慣を充実させるためにお菓子を買っているだけなので、百貨店で爆走せずに済んでいる。

昔は話題のお菓子など、どんなものか味わってみたいと、行列に並んだりオンラインでも頑張ってポチポチ争奪戦に加えわったりしていたこともあったけれど、たかがおやつのために時間を無駄にしていると気づきそれもやめた。

「お菓子マニア」としてあらゆる人気のお菓子を収集するという目的ならわかるけれど、私はただ毎日美味しいおやつが食べたいだけなのだ。
レアなお菓子も食べきれないほどのお菓子も必要ない。

焼き菓子やパンなどもよく大量に購入し、冷凍しておくというお話も聞くけれど、私はそれもしない。
持論として家庭用冷凍庫では美味しさキープは不可能であると思っているからだ。
食べ切れるだけ買い、なるべくその日のうちに、その日が無理なら賞味期限内に食べ切れるだけの量しか買わないようにしている。
「どれだけ買うか」ではなく、どれだけ「美味しく食べるか」に重きを置くと、胃袋にも限界があるので当然そういうことになる。

とにかく、そんなただのおやつ習慣を楽しむ生活を何十年と続けてきたわけだけれど、やはり50代ともなるとあちらこちらその影響が現れ始めてきた。
昨年は健康診断の数値に初めてケチがついた。
主治医からも「お菓子もほどほどにね」とお叱りを受けた。私は40代で大病を経験しているので、主治医もなにか変化があると、とても厳しいことを言って予防に全力投球するように促してくる。
加えて成人病にでもなってしまったら、おやつが食べられなくなる。これは人生の楽しみの半分は奪われるようなものなので、なんとか回避したいと最近はお菓子もかなり控え、これまでの10分の1程度に減らしているのだ。

バレンタインデー前には、限定のお菓子など、その時期にしか登場しないお菓子もあるので、普通なら連日百貨店へ通うところなのだけれど、見ると理性が崩壊するので、なるべくそのような場所には足を運ばないよう努力はしている。

それでも、しばらく大人しくしているとウズウズしてくるのだ。
お菓子以外の買い物がある時、よく百貨店へ行くのだけれど、一度足を踏み入れるとどうしても催事やデパ地下をのぞきたくなってしまう。

先日もそんな感じで比較的空いていそうな日の午前中を狙い、ぶらりと百貨店へ行き、ついでに催事場もチラリと一回りしてきたのだった。



昨今では作り手と客との距離が非常に近くなっているなとの印象を持っている。

普段のおやつはわりと店舗で買うことが多いのだけれど、催事などではさまざまなお店が一堂に会することから、おやつハンティングにはもってこいと、足を運んでみる。
すると、和菓子でも洋菓子でもその作り手にサインを求めたり、一緒に写真撮影をしたりしている光景を目にする。
これも今で言うところの、「推し活」というものなのだろうか。。。

それは海の向こうからやってきた洋菓子職人さんのみならず、和菓子の世界でも見られるようになってきた。
もちろんこうした現象には必ず仕掛け人となる人がいると思うのだけれど、もはや百貨店のお菓子催事は一大イベント、お祭のようになってきている。

かつて知人の外国人投資家のおじさんが言っていたことを思い出す。
「いわゆる職人とされるような方々が、まるでスターのようにもてはやされるのは、あまり良い現象ではない」と。
どんな意味かと尋ねると、それは国の経済の衰退による現象の一つであるというようなことを言っていた。

国際経済を語れるほど英語力のない私は傍で「ふ〜ん」と聞いていたのだけれど、なんとなく言わんとしているようなことはわかる気がした。

私がその会話を正確に理解したかどうかはいささか怪しいのだけれど、要約すると、職人が作ることの他にファンサービスのようなことまでするのはなぜか?ということらしい。
職人であれば、芸術家のように作ることに専念したいはずである(多分)。しかしそれ以外の販促までしなければいけない理由とは?
つまりはより高い利益が得るためと思われると。。。

人によっては、自分の作るお菓子をご贔屓にしてくれ、喜んでいるお客様の顔が見たいという職人さんもいるだろうけれど、何よりも商いを続けるために利益は最重要だ。

昨今ではそんな職人に会うことをお目当てに、数々の催事に足を運ぶ人も多いようだから、職人さんの露出によっては利益が期待できるということもあるのだろうと思う。
あの猛烈ダッシュの光景を見れば、よくわかる。

そこで何万円、多い人は何十万円もお金を遣ってくれるのだ。結局のところ、双方の利益が一致したwin-winという構図ができあがる。

私などは単純に「経済が回っていいじゃないの!」と思うところだけれど、投資家の見方はそれが経済危機であるとの懸念になっているようだった。

私にとっては、たとえそれが芸術品のように美しいお菓子であっても、作り手がスターのような方であっても、所詮はお菓子。美味しく食べてナンボの世界だと思っている。
作り手のことはもちろんリスペクトしているけれど、お菓子にお金を出す理由は、口にした時の口福感に尽きる。
お菓子に関してはいささかマニアックなところもあるけれど、私がマニアとは言えないのは、そこなのだ。
とにかく食べることだけしか考えていないのである(笑)

まさに経済危機とは程遠い意識しか持っていない、ただのおやつ好きおばさんだ。。。
難しいことはさておき、昨今の価格高騰でインポートもののお菓子はとんでもない価格で並んでいる。私にとってはその方が危機である(笑)



私はかれこれ10年以上は行列ができるような催事に積極的に参加しなくなったので、先日たまたまのぞいた催事で並んでいる商品の値段を見てたいそう驚いた。

普通サイズのタブレットチョコレートが¥5,000もするのだ。
ガーナミルクチョコレートが一体何枚買える⁉︎と、下世話ながら頭の中で計算してしまった。。。

「この値段で買う人などいるのかしら?」と思っていたら、そんな高級チョコレートが飛ぶように売れるのだから驚く。
日本は本当に不景気なのかしら?と思う。
しかし、よくよく考えてみれば、宝石やバッグや靴、さらには車などを買うと思えば安いものではある。
そのような贅沢品を買おうと思えば、どんなにチョコレートを買っても、せいぜいその10分の1程度のものだ。

かつてバブル期を過ごしてきた世代から考えれば、食べ物に遣うお金などたかが知れている。

とはいえ、それは社会にお金が有り余り、人々の意識がとにかくお金を遣わなければ!と動いていた時のお話だ。
今のように労働賃金は上がらず、物価ばかりが年々上昇している状況では、その価値も異なる。

私のようにすでに守りに入った人間にとっては、お金を作り出すことよりも守ることが最優先だ。
個人的に今後はお国による年貢の取り立ては更に厳しくなり、少子化により老人福祉も期待できない未来が予想される。
日本経済はさらに悪化すると思っているので、余計に守備を固めなければという思いだ。
10年後、20年後、人生100年と考えればそれ以上の年月、今と同じように安穏と暮らすためには、お菓子で散財している場合ではないのだ。

そんな中、¥5,000のチョコレートには、「高い!」という印象しか持てず、とてもじゃないが手が出ない。

そんな話をしていると、20代の娘二人からは「いまだに昭和だな」と苦笑される。
彼女達にとっては、このとんでもない価格は当たり前と映っているのだ。

時代は変わった。。。
自分の意識も変えていくべきである。
そう思いながらも、そんな時代の変化についていけない。

チョコレートのみならず、お菓子全般の価格はかなり高騰している。
幸いなことにまだ和菓子は普段のおやつに対応できる価格なので助かっている。

健康上の理由からも洋菓子よりは和菓子の方がいいので、最近のお菓子は和菓子が中心になっているけれど、たまには洋菓子も欲しくなる。

そこで最近は食べたければ自分で作ればいいと思うようになった。
子供達が幼い頃は、毎日のようにクッキーやケーキを焼いていたので道具もレシピも揃っている。

子供達が成長してからは、買った方が手間がかからないと、市販のお菓子を買うようになったけれど、ここまで値段が高騰すると、ケチンボな私は自分で作れば同じ値段でどれだけたくさんのお菓子が食べられるか⁉︎と、算盤をはじいてしまうのだ。

安価なだけではない。自分で作れば、自分の好みに合ったお菓子を楽しむこともできる。
買ったお菓子が口に合わず、残念な思いをしたことは数知れない。
美味しい、不味いという話ではなく、単に好みに合わないということだ。
これは値段だけの問題ではない。もちろんそこそこお金を出して口に合わないとなるとがっかりするのだけれど、それと同じくらいに楽しめないお菓子で余計なカロリーを摂取してしまうことが嫌なのだ。

その点、自分で作ればそんな失敗はないに等しい。自分の好みは自分が一番わかっているのだから。



ここまで思うままに書いてみたけれど、その心中は結局のところ嫉妬と諦めなのかも知れないと気づいた。。。

そのお菓子へ向かう情熱と、それを支える胃腸の強さに対しての嫉妬。
すなわち若さに対する渇望と諦めだ。

もはや何時間も行列に並んでお目当てのお菓子をゲットしようという情熱もなくなった。石のように固まったネットの前で粘った末「完売」の文字を見て落胆するのにも疲れた。気力の減退だ。
それと同時に本来の天邪鬼が顔を出し、「みんなが競うように手を出すお菓子はいらない!」となった。

何よりも加齢による身体の変化。摂取したカロリーをエネルギーに変える力は弱まり、更年期になったころからは、まるで瞬間接着剤かのように食べたそばから脂肪を蓄積するようになった。
少しでもヘビーなものを口にすると、途端に胃もたれし、数日は胃腸の不調に悩まされる。

たった数年前までは、お菓子など食べたうちには入らぬというくらい、いくらでもスルスルと入り、すっきりと消化していた。
今では大福など餅菓子でも食べ過ぎようものなら、半日は胃がスッキリせずに晩御飯を抜くことも珍しくない。

もはや私はお菓子の一線からは退く時期がきたと、自ら白旗を上げざるを得ない。
「老兵はただ去るのみ」そんな心境なのだ。

かつてのように、美味しそうなお菓子のためにはどんな苦労も厭わないという情熱、そして頑強な胃腸が失われた私にとっては、その二つを持つ者に嫉妬をおぼえるのだろう。

嫉妬心ほど愚かなものはないと日頃から思っているため、さまざまなエクスキューズを並べ、それを否定するしようとしているのだ。

しかし、「たかがお菓子」という気持ちに嘘はない。
スター然とした職人にも正直言って興味はないし、百貨店の中を走るようなことも絶対にしたくない。

ただ「されどお菓子」だ。人生は短い。生きているうちにできる限りの美味しいお菓子に出会い、おやつ時間を充実させたいとも思っている。

何はともあれ「健康第一」だ。
お菓子に対する熱狂は「お菓子マニア」にお任せし、自分の身体と暮らしに合ったおやつライフを楽しんでいければと思っている。


粗大ゴミの処分にはお金がかかる。家電等大物断捨離にかかった費用。

一人暮らしをしていた長女が、利便性を考えて出戻ってくるというのを機に、かねてからやりたいと思っていた大物断捨離にようやく取り掛かった。

処分したいのは冷凍庫、洗濯機、電子レンジ、ソファー、机(両袖)の5点だ。
これがただ捨てればいいというものでもなく、なかなか面倒であった。

そのうちさらに歳を重ね、ライフスタイルの変化と共に大物を断捨離、また買い替えする日が来るかもしれない。
その時のために、多少は相場が変わるかもしれないけれど、どんな方法があるのかくらいは備忘録として、その詳細を残しておこうと思う。
※以下、私がざっと調べた情報のため、正確な数字でない可能性あり。
あくまでも参考として頂きたい。そして東京のケースであることを付け加えておく。

冷凍庫

古いストック用の冷凍庫は、何年前に購入したものだろうか?
すでに20年上は経過しているはずだ。
昔は夫も私もよく食べたので、週に一度コストコへ行ってはお肉などを大量に買っていた。家庭用の冷蔵庫もかなり大きなものだったのだけれど、それでも入り切らずにその冷凍庫を買ったのだった。
長年かなり便利に使わせてもらった。
冷凍の機能も遜色なく、買った時と同様の働きをしてくれていたのだけれど、さすがにここまで年数が経過すると電気系統が心配になる。
加えて私と夫も歳をとり、以前ほどは食べなくなったので、冷凍庫の出番もなくなっていた。
もはや用なしなのに、場所ばかりとって邪魔ということで、ずっと処分したかった。

しかしこの冷凍庫、なかなか曲者だった。サイズは単身者用の冷蔵庫よりも大きく、おまけに日本製ではなく背面の表示を見ると「made in Hungary」とある。

冷蔵庫(冷凍庫含)などはリサイクル法により、そのまま住む自治体の粗大ゴミに出すことはできない。



処分方法は以下の5択。

1 . 買い替えの際に、新しい冷蔵庫を購入したお店に引き取ってもらう。

2 . 処分だけの場合は購入したお店に引き取ってもらう。

3 . 東京二十三区家電リサイクル事業共同組合に引き取ってもらう。

4 . 指定取引場所へ直接持ち込む。

5 . 民間の不用品回収業者を利用する。

さて、どうするか。。。

できることなら、あまり手間がかからず、なおかつ安くあげたい。

まず1 は買い替えではなく、処分のみなので無理。

2は海外製でもはや古過ぎてどこで購入したのかは忘れた。電気屋さんではなかったのは確かなので、こちらも無理。

4は夫でもいれば直接持ち込みもできるのだけれど、あいにく長期出張中でいつ戻るかわからないので、こちらも無理。
もし可能だとしてもリサイクル料金がかかり、メーカーや大きさごとに料金が設定されており、該当の冷凍庫は約¥5,000近くになる(多分)。

残された方法は3と5の2択だ。

この2つの方法を比較しようと、まずは5の民間回収業者に連絡して見積もりしてもらったところ、冷凍庫の処分費用は¥6,000、さらに基本費用として¥5,500が加算される。これは通常の搬出•運搬費とのこと。

一方、3の家電リサイクル共同組合の場合はといえば、こちらももちろん有料で、ホームページによるとリサイクル料+運搬料で¥7,887ほどかかるようだ。

費用面では3の方が¥3,613も安いのだけれど、冷凍庫だけでなく他にもまとめて処分したいものがあるため、トータルで考えなければならない。

費用だけでなく手間も考え、少しでも面倒でない方法にしたいと、結局はこちらは民間業者に依頼した。

洗濯機

洗濯機は我が家で使用しているものよりも、長女宅にあるものの方が新しく性能も良いものなので、自宅にある2017年製の洗濯機を処分し、長女宅のものを入れることにした。

こちらも冷凍庫同様にリサイクル法が適用されるので、同じように処分方法を比較してみた。

3の家電リサイクル共同組合の場合、リサイクル料+運搬料で¥5,687
一方の5の民間業者は¥4,500だという。

若干だけれど民間業者の方がお安い。
運搬費は冷凍庫と一緒に回収してもらうため、処分費用だけで済むのに加え、なによりも手間がかからない。

ということで、冷凍庫と一緒に引き取ってもらうことにした。




ソファー

こちらは通常の粗大ゴミとして出せるので、区の粗大ゴミに出すのが一番安く済む。
マンションの下まで運ばなければいけないのは大変だけれど、粗大ゴミ券¥2,300を貼り付け、予約した日に出しておけば引き取ってもらえるので、こちらで予約を取った。
ちなみに民間業者にお願いすると、¥5,000近くかかるそうだ。

電子レンジ

ソファー同様に区の粗大ゴミとして出す予約をした。
普通の粗大ゴミとして出せば、わずか¥400で処分してもらえる。

机(両袖)

一番迷ったのがこの机だった。
普通の子供用勉強机ではなく、やたら大きくデザイン性のある、変わった木製の机なのだ。
新しくはないけれど、状態はかなり良く見た目もまだ十分に綺麗だ。
区のホームページを見ると、「良質な木製家具無料回収」とある。
これは区のリサイクル展で展示販売されるようだ。
こちらに出してもいいかなと思ったものの、現物査定のため訪問日を設定し見にきてもらったりと、少しばかり手間がかかる上、もしも回収してもらえなかった場合は、再度粗大ゴミとして出す予約を取るなど二度手間になり、時間もかかりそうだ。
できることなら一気に綺麗にしたい。

では、粗大ゴミとして出すのはどうか?
通常の両袖机なら¥3,000とあるのだけれど、あの流線型のようなおかしな形をした机はどう判断されるのか。。。しかも引き出しは一体型ではなく、キャスター付きの小さな箪笥のようになっている。
こちらもまた別に+¥1,000くらいかかる。
引き出し部分は箱物として回収してもらえるはずだけれど、机の方は怪しい。
¥3,000の粗大ゴミ券を購入し貼ったはいいものの、「これは両袖机には該当しません」などということになれば回収してもらえない。
加えてこの大きな机もまた回収日にマンションの下まで運び出さなければいけないのだ。
考えただけで辛くなってきた。。。

そこで民間業者にどんな形状であるかなど詳しく説明したした上で見積もってもらったところ、机+引き出しの合計が¥5,500とのこと。

これは区の粗大ゴミとして出した方が¥1,500ほど安い。。。

¥1,500分を節約するか、回収されないかもしれないリスクを消し、なおかつ自分でマンション下まで搬出する手間を省くか。。。
考えていたらなんだか面倒になってきた。
もうまとめて回収してもらった方が、事は早く済む!
しかも5の民間業者には冷凍庫と洗濯機の回収を決めていた。その際に発生する基本費用を考えれば、一つでも多く回収してもらえれば、なんとなく得した気分になる。
手間をお金で解決すべきと、この机も民間業者にお任せすることにした。

民間業者の処分費用だけで税込¥20,000以上になる。

こんなにかかるのね。。。
そう思ったと同時に、あれほど大きな物を処分するのだから、それくらいはかかるわよねとも思った。

お金はかかるけれど、不要な物をいつまでも抱えていても無駄だ。
その分、スッキリ快適に暮らせるのだから、これを投資と考えれば決して高い金額ではないのかも知れない。



その後、断捨離を進めるうちに、新たに故障したシュレッダーとベランダにあった物干し台も処分することにした。
幸いソファーの回収を予約した日が空いていたので、まとめて粗大ゴミとして出す段取りがとれた。

そこでさらに費用は上がり、合計で一体いくらになったか、以下詳細。

【民間回収業者】
•基本運搬費 ¥5,500
•冷凍庫 ¥6,000
•洗濯機 ¥4,500
•両袖机 ¥5,500
※引越し業者による紹介割引10%後の金額。
(この民間業者は過去に何度かお世話になっている引越し屋さんから紹介して頂いた。昨今では詐欺まがいの回収業者もいると聞いていたため、信頼できるところ教えて欲しいということで紹介されたのがこちらの業者さんだった)

【区の粗大ゴミ】
•ソファー ¥2,300
•電子レンジ ¥400
•シュレッダー ¥400
•物干し台 ¥900

A券¥200×5枚 + B券¥300×10枚
合計 ¥4,000

全て合わせて¥25,500

自分が骨を折りさえすれば、もう少し安く処分することもできたかも知れない。
しかし重たいものを運んだりで腰でも痛めてしまっては本末転倒だ。
節約も大切だろうけれど、お金とは遣うべきところで遣わなければ持ち腐れだ。
腐るほどないけれど(笑)

夫でもいれば全て力仕事はお任せだけれど、今回は私と娘達だけなので限界がある。
少しくらいお金を余分に払っても、プロの方に安全に処分してもらうのが一番だとの判断でこのような金額になった次第。

何はともあれ、大物断捨離の目処が立ち、すでに半分スッキリしたのだった。


「救急車有料化のニュースに賛成」と思った救急病院での出来事。

先日、いつものように何か美味しいものはないかと、つらつらX(旧Twitter)を見ていたら、「救急車の有料化」がトレンドに上がっていた。

三重県松阪市が救急車の有料化を導入というニュースを受けてのトレンド入りだった。

松阪市だけでなく、全国的に導入してもいいのではないかと、個人的にはかねがね思っていたのだけれど、最近なおさらそう思うような出来事があった。

つい数日前、突然具合が悪くなり救急病院のお世話になったばかりだったので、その時のことを思い出した。

あれは日曜日の真夜中だった。日付はすでに月曜日になったいたけれど、いずれにしても病院は開いていない時間だ。

突然苦しくなったと思ったら胸が痛みだし、寝ていられなくなった。
身を起こしてじっとしているうちに、今度は全身に悪寒が走り意識がふっと遠のくような感覚に襲われ、「これはまずいかも。。。」と初めて恐怖を覚えた。
この日、私は一人だった。夫は長期出張、長女は別に暮らしている。唯一の同居人である次女もお友達のところへお泊まりで留守だった。
助けを呼べる人もおらず、心筋梗塞なんてことになったら大変だと、もう救急車を呼ぶしかない?と思ったのだけれど、朦朧とする頭で考えた。

今は救急車を呼ぶ人が多く、なかなかきてくれない可能性がある。

きてもらえても受け入れ病院があるか、また見つかったとしてもどんな病院になるかわからない。
東京は広いので、とんでもなく遠い病院になった場合、帰る時や家族に来てもらうことになった時など大変になる。

なによりも救急車を呼んでいいくらいの病状か判断に困った。
自分では命の危機を感じるくらい、これはいつもと違う。。。という感覚があったのだけれど、それでも躊躇してしまった。



結局、意識があるうちになんとかしなければと、いつも使っているスマホアプリからタクシーを呼んだところ、3分で到着するという。
着替えられるような状態ではなかったので、急いでコートだけ羽織り、保険証と財布だけを持ってマンションの下までなんとか降りていった。

タクシーはすぐに来てくれたので、いつもお世話になっている総合病院の救急まで連れていってもらった。

ここまでくればいつ倒れても安心だと思ったら、少しだけ気分が回復したように感じた。
心と身体は密接に関係しているというから、不安があると余計に具合も悪くなるのだと思う。

救急窓口で病状を告げると、「予約の電話はしましたか?」と尋ねられた。
そうだった。。。本来なら電話をし相談してから出向くものなのだ。しかしこの時はそのようなことを思い出す余裕もなかった。いつバタンと意識がなくなるか、それが怖くてとりあえず一人きりの状況から抜けださねばと考えていたのだ。

予約をしていないと告げると、「待ちますよ」と言われた。
なんでもこれから救急車が6台ほど到着予定なので、診察はその後になる可能性があるというではないか。。。
具合の悪い人は沢山いるのだなと思いながら、自分もこうして救急に駆け込んできたのだから、私よりも重症者がいるのなら仕方ない。
なによりも待つ場所が病院ならば、何かあった時も処置してもらえる安心感もある。

待つ旨を伝え、待合で待っていると、すぐに看護師が来て検温と問診を始めた。
病状を伝えると、やはり心筋梗塞などを疑ったようで、それから10分ほどで処置室へ迎え入れられた。

医師は30代くらいの若い女医さんだった。
看護師さんにしたのと同じ説明をし、尋ねられたことに答えていく。

初めてかかる医師ではあったけれど、その病院は私のかかりつけ病院のため、私の病歴もしっかり記録されている。
つい数日前に来たばかりだった。

やはりその医師の見立ても同じようなもので「心筋梗塞などが一番怖いので、まずはそちらの可能性を検査します」と、心電図、X線、血液検査など救急でできる検査をすることになった。

処置室に移動すると、今度は若い研修医の男の子がやってきた。
細身で長身、なかなかのイケメンで、「これはモテるだろうな」などと思っていたら、かなり痛い目に遭ってしまった。
「血管の確保だけしておきます!」と、点滴の針を手に私の腕の血管を凝視するも、なかなか見つからない様子。
そこで比較的とりやすい血管を教えてあげたのだけれど、「点滴なのでこちらの方がいいはず!」と、別の血管に狙いを定めたのだ。

あらららら。。。

私は過去に大病も経験しているので、採血だけは数えられないほど経験してきた。おまけに血管が細いらしく、なかなか難しいらいしい。
そのイケメン研修医の選んだ血管は、過去一度も成功したことのない場所で、採血専門のベテランは決して選ばない血管なのだ。
しかし私は黙っていた。彼の医師としてもプライドは守るべきだと思ったし、自分の判断で実行し、それが失敗に終わったとしてもそれは後々彼の経験になる。
この若きイケメン研修医が立派なお医者様になれるのなら、微力ながらそのお手伝いをさせてもらおうではないか!と思ったのである。

そして案の定、液漏れして痛いのなんの。。。
「すみません!やっぱりダメみたいです」

結局は最初に私が言った血管に点滴針を刺して、イケメン研修医は「痛い思いさせちゃってすみませんでした。検査までゆっくり横になっていてくださいね。」
そう言って処置室を出ていった。



検査を待つ間、そして検査から戻り結果を待つ間、やはり処置室のベッドに横になっているように言われた。
ただし、もっと緊急性のある患者さんがくる可能性もあるので、その際は移動してもらいますとのことだったので、例の救急車6台の患者さんなのだろうと思った。

目を閉じ外から漏れてくる声や音を聞いていたのだけれど、救急車が6台も来た割には静かであった。
重病人がどやどやと運ばれてきたのなら、もっと緊急性を帯びた音や緊迫した雰囲気が感じられてもいいはずなのに。。。

聞こえてくるのは、看護師と医師との会話。もちろん世間話などではなく、検査の指示などだ。
他はカチャカチャと器材の触れ合う音くらいで、院内はとても静かだったのだ。
私はずっと「救急車6台」のことが気になっていた。

私のように自力で来た者は緊急性という点では、救急車できた者よりは緊急性は低いと考えられる。
それは当然だ。私はなんとか自分でGOタクシーを呼び、ヨロヨロとしながらも自分の足で歩いて病院まできたのだから。
いつでも処置室を明け渡すつもりでいたのだけれど、結局は私がそこから移動を促される事はなかった。

すべての検査結果が出て、結局心筋梗塞の兆候はないとのことで、後日いつもの担当医に相談し、改めて詳しい検査をしてくださいということで終了。

かかった費用は¥16,000ほどであったが、前もって時間外料金がかかると説明を受けていたので、この程度で済んでよかったと思った。
診察料+検査料、さらに時間外救急外来ということで¥11,000加算という内訳だ。
これに往復のタクシー代を合わせると、¥20,000ほどかかったことになる。
これだけかけて異常なしとは、なんだかなと思わないでもないけれど、あの苦しさと恐怖を思い出すと、それくらいいくらでも出します!という気になる。それほど辛かったのだ。

かなり前置きが長くなってしまったけれど、これはいつものことだ(笑)

お会計を待つ間、待合室にいたのだけれど、おそらくは救急車できたであろう方々が数組、家族数人で来ていた。

詳しい病状はわからないけれど、待合室で簡単な処置だけして帰っていかれる人、お熱を測りながら家族と笑いながらお喋りしている人etc

これならば処置室を明け渡す必要はなくて当然だと納得した。

聞き取り調査をしたわけではないので、その場にいた方々が、どんな病状であるかはまったくの憶測で、その人の緊急度はわからないものの、少なくとも私の目にはとても重症とは思えないような患者さんばかりであった。

もしかして私の勘違いかもしれないので、あまり声を大にしては言えないけれど、緊急な処置が必要ないという状況が物語っていると思う。



今は簡単に救急車を呼ぶというのは、よく聞く話だ。
病気以前にタクシー代わりに使おうとする人もいるという。それは言語道断だけれど、救急車を呼ぶというのは、簡単にできることではないと思っている。

あのサイレンによって、周りの走る車をストップさせ、赤信号さえも突破できるのだ。つまりは周りの協力の上で助けてもらっているようなものだ。
この重きを考える必要がある。
もちろん、必要な時は呼ぶべきだ。私も今回は本当に救急車のお世話になろうかと思ったくらいだ。
それほどまでに緊迫した状況下では、有料か無料かはもはや問題でない。
とにかくお金がかかったとしても助けてください!という状況なのだから。

救急車の有料化はあって然るべきと思う。タクシー代わりに使う輩がいるとなれば尚更だ。

ここで、「救急車使うと¥7,700も払うの?」と、一瞬立ち止まって考える機会があれば、無駄に軽症者が救急車を呼ぶこともなくなくだろう。
いや、¥7,700では完全になくならないかもしれない。アメリカのように¥200,000くらい請求すれば、ほぼ同じ使う人は限定されるだろうけれど。

アメリカの場合は極端だけれど、¥7,700は少し安くない?と思う。
時間外診療に¥11,000加算するのなら、救急車など¥30,000くらいチャージしてもいいのではないかと個人的には思う。

ただ、システムとして、救急車を使ったことに対してではなく、病院が救急車を受け付けた料金を受診料に上乗せするという形のようだ。

受診料に上乗せというのなら、結局のところは患者側が支払うのだけれど、その辺がかなりややこしく感じる。

入院になった場合は支払い不要という基準もなんとも解せない。

たとえ入院にならないとしても、かなり緊急性があるケースも皆無ではない。
入院までは必要ないけれど、その場で早く処置をしたおかげで事なきを得たということもあるだろう。

医師の判断で「これは救急車を呼んで然るべきであった」とか「これくらいで呼ばないでよ」と有料が否かの判断を下す権限を与えることができないのだろうか。

ただイエスかノー、それだけなのだから医師の負担にはならないだろう。
それとも基準がはっきりしないと、モンスター化してクレームをつけてくるケースを想定しているのか。
どうでもいい理由で救急車を呼ぶような常識のない人間相手では、そんなことも想定しなければならないのかもしれない。
そうなると、明確な基準として「入院」というワードが出てきたのかもしれない。

なかなか難しい問題ではあるけれど、やはり救急車を有料化することで、ふざけた人間の不必要な要請が減ればそれに越したことはない。

出動要請の多さや救急隊員の人手不足は今や深刻だ。
少しでも無駄な要請が減り、本当に必要な人が使えれば救える命もあると思う。

制度の導入にあたり、賛否両論あるだろうけれど、誰にとっても大切な「お金」で解決するのが一番効果があるだろう。

もはや救急車よりもタクシーを使った方が安上がりだ。
ただし、本当に緊急の場合、タクシーは救急車の代わりにはならない。
救急車には医療知識のある救急隊員が乗車しているのだ。
その辺のことは、しっかり頭に入れておこうと思う。