In other words

I really don't know life at all ...

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令和のバレンタインデー、ホワイトデー。自分へのご褒美と義理チョコ習慣。

今日はホワイトデーなのだけれど、バレンタインデーが終わる前から、早くもホワイトデー商戦が開始され、つい先日まで百貨店から美味しそうなお菓子のご紹介メールが連日メールボックスを埋めていた。

季節季節でまるで押し寄せてくる波のように、お菓子情報が入ってくるものだから、その度になにやらソワソワしてしまう。

そんな甘い誘惑に乗らないよう、なんとか理性を保とうと必死になっている私を横目に、そんなホワイトデーを楽しみにしている者がいる。

我が家の長女である。

毎年、バレンタインデー前になると、長女が「バレンタインのチョコレートを用意しないと!」と、どんなチョコレートがいいかな?と相談してくる。
私が日々おやつと称してお菓子ばかり食べているので、贈答品などを選ぶ際には必ずアドバイスを求めてくるのだ。

贈り物とはなかなか難しいものだ。どんな相手にどんな理由で贈るのか、また相手の家族構成や好み、予算まで考慮して選ばなければいけない。

その辺の聞き取りをした上で、毎年「この方にはあの店のあのお品がいいのでは?」などと、いくつか提案する。
そしてその提案通り、長女は毎年大量にチョコレートを用意するのだ。

最近一人暮らしを解消し自宅に戻ってきた長女だけれど、今年もバレンタイン前に一人暮らしの部屋を訪れると、ずらりとチョコレートの入ったショップバッグが並んでいた。
どれほどチョコレートに散財しているのかと、チラリ見ると全て同じではなく多少のバリエーションはあるようで、値段や大きさなど若干は違うものの、高価でも安価でもなく、ほどほどの値段の美味しいチョコレートという、私のアドバイスをしっかり聞き入れた内容になっていた。

これらのチョコレートはすべて仕事関係を始めとした、知人に送るためのものだと言う。
なぜかバレンタイン時期には彼氏がいないせいか、私の知る限り彼女が買うのはすべて「義理チョコ」だ。

我が家の長女は時として、まるでバブル期女子のようなことをして、よく「生まれてくる時期遅すぎたんじゃない?」と家族で笑うような女子だ。

「今どき、義理チョコなんて、誰もそんなに買わないでしょ?」

ちょっと呆れたように言うと、

「これは義理チョコではなく、日頃お世話になっている感謝の気持ち」

そんなことを言う。

特に目上の方には何かしてもらっても、こちらからのお礼などプレゼントするのは難しいものだ。

そんな日頃溜まった「ありがとう」をバレンタインを使ってお返しすると言うことらしい。



それはとても良いことだと思うのだけれど、私は知っている。。。
表向き殊勝なことを言っているけれど、実は海老で鯛を釣るべく、狙いを定めていることを。
本人は否定しているけれど、私はずっと疑惑の目をもっている。

目上の方からしたら、年若い女子からプレゼントなど頂いたら、それ以上の物をお返しするのは当然という意識だろう。
私も娘達のボーイフレンドから、おもたせなどお菓子を頂くと、次に来た時にはそれ以上のものをお返しする。

実際に長女はお渡しした義理チョコのお返しとして、様々なものを頂いて帰ってくる。
私が疑いの目を向けるのは、そんな状況証拠あってのことなのだ。

何故こうも要領がいいのか。。。
私の若い頃を思い出すと、まったく意識が違う。一体私はどのように娘を育てたのだろうと思うものの、次女は私と同じようなものなので、やはり育て方よりも本人が持って生まれた性分なのだろう。
そう思うことにする。。。

思い起こせば、私は義理チョコを渡すような、そこそこ濃密な人間関係を築いていなかった。
仕事でも組織に属してといった働き方はほとんどしていなかったし、仕事上の知り合いはいても、仕事以外のことはよほどのメリットでもなければお付き合いは一切なしだった。
ちなみにメリットとは、当時から「美味しいものをご馳走になる」であった(笑)

時に周りの女子達から、「少しずつお金を出し合って買いましょう」と声をかけられれば、お金だけ渡したというようなことはあったけれど、バレンタインに色めき立つようなことはなかった。
天邪鬼のため、そもそもバレンタイン自体が好きではなかったのだ。

夫と付き合うようになってからは、幸いなことにあげる方から貰う方になった。
欧米では男性から女性へお花などをプレゼントする習慣らしく、最初のバレンタインには赤い薔薇の花束をもらった。
花より団子の私にとっては、あの花束にかけたお金の分だけチョコレートでもくれた方がずっと嬉しい。
しかしそれは相手の好意にケチをつけるようなことになると、あえて口に出さなかった。

結婚後、家計を共にするようになってから、ようやくそれを言えたのだけれど、夫の方もそうそう簡単には引かない。
もう50を過ぎた数年前になってから、ようやく花束をやめ、お菓子をくれるようになった。
諦めずに、何年でも言い続けてよかった!私の粘り勝ちである。



私がそんな感じだったので、長女がバレンタインデーにあれほどのチョコレートを用意するのを見ると、「そこまでやるの⁉︎」と思ってしまう。。。
私と違って交友関係が広いせいもあるだろうけれど、それほど多くの方々に日頃からお世話になっているものかと思うと、やはり見返りを期待してなのだと思わざるを得ないのだ。
二十代半ばにして、それほど義理を通さねばならない人間関係などあるわけがない。

私からすれば「義理チョコ」というと、なんだかイヤイヤながら義務で渡すように感じてしまうけれど、長女の場合はむしろ嬉々として渡している。

もしも、長女が言うように、日頃お世話になっている方に感謝をこめて渡すのなら、それはいいことではないかと思うけれど、一方でもらう側の男性はどう感じているのだろうか。

男性陣の中には。お返しするのが面倒だからいらないと思う方もいるかもしれない。

あくまでも「気持ち」なのだから、面倒ならお返しなどせず「ありがとう」で済ませればいいと思うのだけれど、男性としては見栄やプライドがあるのだろう。
ほとんどの方はホワイトデーには何かしらの贈り物をしてくれるらしい。
中にはそんなプライドや見栄など持たずに、「ありがとう」だけで済ませる人もいるという。

「そんな人には翌年からはあげないの?」

損得勘定ばかりしている私は面白がって聞いてみたけれど、回答は意外にもノーだ。

「お返しがなくても、日頃よくしてくれる人には、もちろん毎年あげる」だそうだ。

そこでまた、お返しをしないことで数年分の見返りが蓄積し、一気に大きなお返しを期待しているのではないか?

そんなふうに勘繰って、長女を呆れさせたのだけれど(笑)

それは冗談として、人に物をプレゼントするというのは、贈ることによって自分も喜びを得られ、なおかつ相手にも喜んで頂くという図ができなければ意味がないと思っている。

それがたとえ「義理チョコ」だとしても、あげる人ももらう人も双方が嬉しいと思うのなら、それはそれでいいことではある。
バレンタインのチョコレートに限らず、贈り物とはそんなものだ。

しかし、最近はバレンタインには贈るよりも、自分へのご褒美として高級チョコレートを買う方が多いらしい。



意識の変化というものなのか、私の感覚がおかしいのかわからないけれど、高価なお菓子は「贈るもの」「頂くもの」であり、自分で買うには少し高過ぎると思うような高価なものこそ、プレゼントにしたいと思う。
しかし今は、そんな高価なものは自分のためにとなっているという。

昭和の時代と違い、自分律することよりも、自分を甘やかしてあげる時代なのだ。
それは昨今何かにつけて言われる「◯◯ハラスメント」に通ずる。

少しでも嫌な思いをすると「◯ハラだ!」と声高に言うものだから、なんとも息苦しく窮屈な社会になったものだなと思う。

必要以上に自分に厳しくする必要もないし、する価値のない我慢をするのは愚かなことだと思っているけれど、何事も自分中心でなければ文句を言う、それが罷り通る社会とは一体なんなのだろうか、古い人間は思ってしまうのだ。
逆境が人間力を育んでくれることもあると、これまで生きてきた人生で実感している。
自分に優しいばかりでは、人間成長できないものだ。

そんなことを言うと、また「老害」という言葉が返ってきそうだけれど。。。

とはいえ、自分へのご褒美というのもいいものだなと思う。
第一に大切にすべきは自分自身だ。自分が幸せになれることにお金を遣うのは、自分への立派な投資であると思う。
私も高級チョコレートこそ買いはしないけれど、疲れたりするとぶらりと旅行へ行ったりする。それも自分へのご褒美なのだと思う。

問題はご褒美を貰うような事は何もしていないのに、ご褒美をあげてしまうところなのだけれど(笑)

いまだ昭和脳の私からすると、昨今のバレンタインデーやホワイトデーには色々と思うところはあるけれど、自分の好きなことにお金を遣って、幸せを感じることができるのであれば、「義理チョコ」だろうが「自分へにご褒美」だろうが、なんでも構わない。

お若い方々は自分の「好き」を楽しみながら、どんどん経済を回していって欲しいと思うのであった。。。

ホワイトデーが終わったら、次はなにがくるのか。。。

お菓子で言えば、和菓子などはその季節ごとに行われる行事に関連したものが店頭に並ぶ。

すでに桜餅は登場している、端午の節句の柏餅、水無月、葛焼、、、もうキリがない。

私は成人病も気になるお年頃になったので、これまでのように「好きなお菓子を好きなだけ」とはいかないけれど、自分へのささやかなご褒美として、毎日美味しいおやつを楽しんでいきたいと思っている。

そのためには「自分へのご褒美」と言えるような事も、少しはしなければ。。。

今日はホワイトデーだ。今年は長女がどんな鯛を釣ってくるのか、少し楽しみではある(笑)