In other words

I really don't know life at all ...

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葬儀へ行く際、喪服で電車など公共の交通機関に乗ってみて感じたこと。

この年齢になると、冠婚葬祭に足を運ぶ機会がチラホラと増えてくる。
つい先日、叔母が亡くなり通夜と告別式に参列したのだけれど、その際にちょっと考えてしまったのが、喪服のまま電車に乗るか問題だった。

昨年の冬、知人の通夜に参列した際は、冬だったので、喪服の上から黒いロングコートを羽織り、靴は長旅で疲れるので、スニーカーを履き、現地で履き替えた。

しかし、今回は夏である。
気温30℃を超える真夏日で、喪服の上にもう一枚はさすがに考えられない。喪服だけでも辛いくらいなのだから。

途中まで普段着で、駅のトイレで着替えるということも考えてみた。
しかし、狭いトイレの中、ただでさえ汗をかいた肌にまとわりつく服と格闘し、汚していけない喪服に着替えるなど、想像しただけでも面倒極まりない。

では、到着後、葬儀の行われる祭場の控え室を借りて、着替えをさせてもらうか?
これも施主家族であるなら問題ないだろうけれど、たとえ肉親とはいえこちらは迎える側ではない。祭場の施設も事情がわからないので、変にアテにしては危険という判断となった。




あれこれ考えて、結局はそのまま家から喪服を着ていくのが一番だという結論となった。

週末、後楽客で溢れる商業施設を真っ黒な出立で通り抜け、そのまま地下鉄に乗り込んだ。

途中、同じように全身真っ黒な服装をしたご婦人数人とすれ違ったのだけれど、同じ「黒」でも普段着る服の黒と、喪服の黒は、まったく違う。

何故だろう。。。
喪服の「黒」は本当に真っ黒なのだ。そのまま吸い込まれてしまいそうなほどに深い黒なのだ。
きっと「黒」にもさまざまな黒があるのだろう。アンミカさんに尋ねれば、明確な答えが返ってくるはずだ。
とにかく、それゆえに喪服というのは、かなり目立つのである。

ところが、道を歩いていても、電車に乗っていても、誰一人として奇異な視線を向けてくる人はいない。
じろじろと見られたところで、悪いことをしているわけではないのだから、どうということはないのだけれど、こんなに目立つ格好なのに、誰もこちらに目を向けないのは、ちょっとばかり意外だった。

令和の時代になろうとも、日本では未だ冠婚葬祭というものは、社会に根づいた習慣なのだろう。
特別なことではなく、同じ立場になることが容易に想像できるため、普通ではないという感覚がないのかもしれない。

生きていれば、喪服を着て電車に乗ることもあるだろうと、それを当たり前と受け止められるということだ。

自分が思うほど、人は他人に対して興味を持っていない。
自分に置き換えてみても、たとえ喪服を着ている人が、電車で隣に座っていたとしても、「ああ、法事かご葬儀でもあるのね」と思うだけだ。

喪服を着たまま、公共の交通機関を使ったところで、何らおかしいことはないということを実感したのだった。

日本食は身体に優しい。肉と脂にまみれた欧米食から離れ、胃腸の不調改善。

新型コロナもようやく落ち着いたかと、今年の6月に「温泉プチ湯治」と称して、二泊三日の旅に出た。
場所は長野駅から電車で1時間弱下った、小さな温泉だった。

これまでは完全にホテル派だったのだけれど、50代になり旅の形もこれまでは違ったスタイルを求めるようになったため、宿選びも少し冒険してみようと思った。

今回選んだのは、小さな旅館だった。
部屋数はおそらく10室程度のものだろう。家族経営のお宿で、出される料理は会席のような派手なものではなく、そのまんま家庭的な和食だった。

家庭的ではあるけれど、品数はとても多く、普通の主婦が家庭で毎食用意できるようなものではなく、完食するとしばらく動けなくなるくらいのボリューム満点料理だった。

出された食事は完食する主義なので、私は多少お腹がきつくても頑張って食べ切った。

食べ終えたあと、御膳を片付けにきてくれるまでは、なんとか姿勢を正していることができたのだけれど、女将が「おそまつさまでした」と、御膳を片付け、パタンと襖を閉めたところでダウンだ。

敷かれた布団の上に倒れ込み「お腹いっぱいー」と、まるで妊婦のように膨れ上がったお腹を必死でさすった。
それくらいお腹いっぱい食べたのだった。

本来ならここで胃腸の調子を崩し、トイレへ駆け込むことになるのが常だけれど、不思議なことにただお腹いっぱいなだけで、不快感はまったくなかった。

少し落ち着いてきた頃、部屋にある温泉に浸かっていたら、妊婦のようなお腹は変わらないけれど、お腹いっぱいな感じは次第に遠のいた。

この温泉の効用に、消化器系の活性化はなかったのだけれど、ブクブクとまるで音が聞こえてくるかのように、ものすごい勢いで、胃の中のものが消化していくのがわかった。

すごい!
これぞ日本食の底力か⁉︎
はたまた温泉力というものか⁉︎





外国人である夫と結婚してから、かれこれ25年以上になる。
この長きにわたる年月、私の胃腸はヘビーな欧米食に否応なしに晒されてきた。

もっと早く、そのダメージに気づくべきであったと、今更ながら思うところだけれど、若かりし頃の私はといえば、フレンチやイタリアンといった欧米の食をとりわけ好んでいた。

類は友を呼ぶで、子供を産んだ後に知り合った、いわゆる「ママ友」と呼ばれるランチ仲間達も、同じような嗜好の持ち主ばかりだった。

毎日のように、誰かしらが「すごく美味しいフレンチのお店があるの」「新しくできたイタリアンの店、行ってみない?」などと、頻繁にランチ会を催してくれた。

私もまた行きたいレストランがあれば、友人達に声をかけ、肉と脂にまみれた美味しい料理に舌鼓を打っていたのだ。

この積み重ねこそが、数十年後の胃弱を生み出すとは知るよしもなかった。。。

しかし、そこに後悔はない。季節季節で美味しいものを堪能できたし、胃腸が丈夫な比較的若いうちに、好きなものを思う存分食べておいてよかったとさえ思う。

肉と脂にまみれた生活は外だけではなかった。家でも完全なる洋食だったからだ。

外国人と結婚したこと、そして自分もまた日本食よりは欧米寄りの食事を好んでいたせいで、我が家の食卓にはほとんど日本食が並ぶことはなかった。

冷蔵庫の中には常に牛、豚、鶏問わず、大量の肉、そして大きなバターの塊やチーズ、クリームといったものが常備されていた。

もちろん、それと同じくらい野菜もたくさん摂取してきたつもりだったけれど、サラダのような生野菜か、オリーブオイルをぐるりとかけてオーブンで焼いたグリル料理で、バターを使ったソースにまみれた肉の塊と並ぶと、それら野菜達は明らかな脇役だったのだ。

そんな大好物とも言える肉と脂の日々に不安を覚えるようになったのは、45歳を過ぎた頃だった。。。





食後、どうも調子が悪い。
ランチへ行った日の夜は、晩御飯の時間になっても昼に食べたものが完全に消化されないのがわかるほど、胃腸に不快感を覚えるようになった。

最初はたまたま体調が悪いのだろうと思っていた。
しかし、その頃から毎回ご馳走ランチの後には胃腸の調子を崩すようになったのだ。

このような食生活を長年送りながらも、よくぞ糖尿病にもならなかったと思う。さらにはコレステロール値まで正常なのだから、これは奇跡と言えるのではないか⁉︎

自分はそんな体質なのだろうと、楽観していたのだけれど、その後大病で手術をする羽目になった。
食生活や遺伝とは直接関係のない病であると医師は言っていたけれど、私は懐疑的だ。

食が身体を作るのだとすれば、まったくの無関係とは言えない。
それまでの生活が少しずつ影響を与えている可能性はなきにしもあらずだ。

とにかく、その頃から健康に対する自信が少しずつ失われていった。。。

それに追い討ちをかけたのが、新型コロナによる自粛生活だ。

肉と脂にまみれているにも関わらず、比較的健康体でいられたのは、食べるのと同じくらいの運動量があったせいだと思っている。

40代まではジムへ通ったりしていたこともあったのだけれど、50代になってからはジムへも行かず、ランニングもしない生活になった。
そのかわりに始めたのがウォーキングだった。目的がないとつまらないので、1時間ほど歩いた先にあるお菓子屋さんを目指し、とにかくよく歩いた。
おかげで食べても太ることはなく、健康診断の結果も良好だった。

ところがコロナ禍による外出自粛によって、長いこと続けていたウォーキングの習慣がぷつりと止まった。

習慣だったからこそ、どんな天候の日でも「面倒くさい」と思わずに、歩いていたのだけれど、その習慣が途絶えた途端に、わざわざ歩くためだけに出かけるのが億劫に感じ始めたのだ。

ウォーキングなどする時間があるのなら、家でゆっくり趣味を楽しんだほうがいい。
そう考えるようになってしまった。





それから2年半、ウォーキングはしていない。時折、買い物がてら、少し遠くまで徒歩で行くこともあるけれど、歩くためだけに出かけることはなくなった。

その結果はお腹周りについてきた脂肪で知ることとなったのだ。
脂肪といっても、若い身体につく脂肪とはまったく別物といってよい。
若い身体につく脂肪がコシの強いわらび餅だとしたら、私のお腹のそれは、消費期限を過ぎた求肥の大福のように、水気が出たせいでデロ〜ンと流れるが如く締まりのなくなった皮のような脂肪なのだ。
ちょっと例えがマニアックでわかりずらい。。。
つまりは、しまりがなく、だらしない付き方をしているということである。

この歳になると、一度ついた贅肉を削ぎ落とすのは大変な努力を要する。
運動に加え、徹底した食事管理が必要になってくるのである。

しかし私はといえば、運動は嫌い、でも食べるのは大好きときている。太ることは得意だけれど、痩せることは大の苦手なのだ。
ただの意志薄弱ともいう。。。

とはいえ、もう麗しき若き乙女ではないので、体型が崩れても大した問題ではない。
そんな開き直りもあるので、太ること自体はそれほど気には留めていないのだけれど、それよりも大切なのは「健康」だ。

身体を動かすことといえば、家事にお買い物くらいのものだ。あとは好きなものを食べて、毎日のおやつも欠かさない。

その上、胃腸に負担にかかる欧米食ばかりでは、いつか身体が壊れる。。。

怖いので、最近は意識して日本食を作るようにしている。
幸いなことに、外国人夫が単身赴任、時を同じくして、洋食が大好きな長女が一人暮らしのために家を出たので、今ではほとんど毎食日本食でOKになった。

友人とのランチなども、みんな同じように歳を重ね、昔のようには食べられなくなったのか、あっさりとした和食やお寿司など、肉と脂とは無縁の食事を楽しむようになった。

おかげで食後に胃腸の調子を崩すこともなくなった。

今の日本では、世界各国の食事が楽しめる。外食をせずとも、ネットにはレシピが溢れていて、自分で作ることもできるようになった。

しかし、私の胃腸はそうしたものを受け付けなくなった。
たまに、少しだけ楽しむのならいいけれど、日常的に満足がいくまでお腹いっぱいに食べることはできなくなったのだ。

なんだかんだ言っても私は日本人なのだ。
夫も50を過ぎているけれど、食べる量は若い頃よりも少なくなったものの、相変わらず肉と脂にまみれた食事を嬉々として胃袋に流し込んでいる。その後にクリームとお砂糖たっぷりのデザートを食べても、まったく問題ない。
夫を見ていると、日本人と欧米人では、体質が違うだとつくづく感じる。

日本人には日本人に合った食生活があるということを、この歳になり、改めて知った。

土井先生の『一汁一菜でよいという提案』を読んでから、なるべく一人の時は、そんな質素な食事を心がけている。

面倒だったり、残り物の消費として、まだまだ洋食を口にすることも多い。
けれど、心がけておくだけで洋モノが胃袋に収まる量は格段に少なくなるはずだ。

完璧には無理でも、努力はしたいと思う。

身体に合った食生活で胃腸を整え、病気知らずで長生きしたいものだ。
そのためには、やはり日本食なのである!

コンビニのレジ袋が必要なら、大きさ指定した方がいいと思った件。

少し前のこと、コンビニで大量に買い物をする機会があった。
普段は自前のエコバッグを持参し、レジ袋を購入することはあまりないのだけれど、先日はお弁当を3つ、サンドイッチにおにぎり、500ml入りペットボトル3本、加えてプリンやゼリーなどをいくつかなど、かなりたくさんのお買い物をしたので、「レジ袋に入れて下さい」とお願いした。

私的には当然一番大きなLサイズの袋に入れるものだと思っていた。これまでの経験から、コンビニでもスーパーでもこのくらいの量であれば、大きなサイズが妥当であると思っていたからだ。

ところが、渡されたのはMサイズの袋にギッチリどころか、一番上に乗っているものは、今にも落ちてしまいそうなくらい、乗っているだけの危うさだった。
持ち手もかろうじて指3本引っ掛かるか?というくらい満杯。。。

「気をつけてお持ちください」

そんな親切な一言があったのだけれど、気持ちよく「はーい!」などとは言えないほどの危うさだったのだ。

よほど大きな袋に入れ直してくれと言おうかとも考えたのだけれど、私の後ろに並んでいる人もいた。ただでさえ品数が多く普通よりもレジの時間が長くなっているのだ。ドリンク一本を手に待っている人からしたら、ジリジリとそれが終わるのを待っているはずだ。待つことが好きではない私には、その気持ちがよくわかるのだ。

入れ直してもらうことは諦め、その袋を黙って受け取ったのだった。



案の定、一番上に乗ったおにぎりが落ちないように、提げるのではなく、袋を片手で抱え、もう片方の手でおにぎりが落ちないように上から押さえることになった。

両手が塞がり日傘もさせず、それが余計に腹立たしかった。日頃のシミ対策がこれで帳消しとなるのだから。

ようやく家に帰りつき、袋から品物を取り出すと、サンドイッチは見事に潰れていた。柔らかいサンドイッチをなぜに下の方に入れる⁉︎
レジ袋の一番下の角の辺りはすでに破れかけていた。お弁当の硬いプラスチック容器が突き破っていたのだ。
これは抱えていたからこそ決壊を免れたものの、ぶらぶらなど提げていたら道端でぶちまけることになっていたかもしれない。
その惨状を想像すると、どうしたらあんなにギューギュー詰め込もうと思ったのか、理解に苦しむ。

もしも店員さんが若者や外国人であるなら、私もそれほど深刻には受け止めなかっただろう。
外国人の店員さんの中には、何も考えずに手当たり次第あるものを袋に詰め込む人のいる。珍しいことではないし、そんな時は私も「それは一番上に入れてね」と口を挟んだりする。偏見ではないけれど、ちょっと注意して見ているのだ。
もちろん中にはこちらが「この人、すごい!」と思うくらい、綺麗に合理的に袋詰めしてくれる外国人の店員さんもいるから、おかしな偏見は持つべきではないと思いながらも、ついつい注視してしまうのだ。ごめんよ。。。

若者に対しても同じで、多少袋詰めが甘くてもイライラ、モヤモヤするようなことはない。
そもそも袋詰めに対する経験値が我々主婦とは違うのだ。自分のものだけしか買い物をしないのなら、一番小さなレジ袋でもあまるくらいだ。スーパーで大量に食材を買い物したこともないだろうから、いい具合にできなくて当然なのだ。あくまでも、我が家の娘達基準なのだけれど。。。
ただ、若者店員の多くは、「大きな袋にしますか?」「この大きさで大丈夫ですか?」と明らかに判断に迷うような時は尋ねてくれるケースが多い。
これが若さだ!
若い頃はなんでも人に尋ねたらいい。わからなければ、わからないと言えるのが若さの特権なのだから。
我が家の子供達にも言っている。わからなければ有耶無耶にせず、無知を恥ずることなくなんでも尋ねよ。そして学ぶことだと。



同じ立場の「店員さん」に対して、年齢や国籍で差別するのはいけないような気もするのだけれど、無意識に甘くなるのは私にも年若い半分外国人の子供達がいるせいかもしれない。

問題は件のその店員さんが、私と同じような年代のおばさんであったことだ。
おばさん店員だったがために、余計なことを考えることになってしまったのだった。
自分も十分におばさんなので、同じような立場の人をディスるのも気がひけるのだけれど、今回のレジ袋に関してはちょっとばかりモヤモヤした。

想像の域は出ないのだけれど、おばさんであれば、きっと主婦パートだろう。
つまり、主婦であるなら、お買い物の際にレジ袋の妥当な大きさくらいわかるでしょう?と、身勝手ながら思ってしまったのである。
もしかしたら、そうではないのかもしれないのだけれど、自然とそんな想像が働いてしまう。
そもそも、買い物経験値の低い人でも、途中で「これは無理だ」と気づくはずだ。それでもMサイズに強行突破したのは、客の負担するレジ袋代を少しでも安く済むようにとの気遣いであった可能性もある。

レジ袋も大きさによって値段が異なる。
大きくなれば当然、数円は高くなるのだけれど、この数円に対する思いが人によって異なるのかもしれない。

主婦感覚からすれば、1円でも安い方がありがたいと思う。しかし、それは何かを犠牲にしてまでも節約しなければいけない1円ではないと考える人間もいる。
逆にどんな不便を強いられようとも、安ければ安いほどよいと考える人もいるのだろう。 



また別の可能性としては、途中で「これは小さすぎる。。。」と気づいたものの、他のお客さんも並んで待っているし、今から詰め直すのは時間もかかり面倒と考えたのか。

私も面倒くさがりなので、もしもその立場であれば、客が何も言わなければそのまま強行突破に気持ちが向かうのもわからなくはない。
ただ、もしも厄介な客で激しくクレームなどされようものなら、余計に面倒になると想像して、多分入れ直す。
なによりも、綺麗に袋詰めできないと嫌という個人的な嗜好もある。
やはり私ならMサイズのレジ袋は考えられない。

最後の可能性として、レジ袋の大きさなどどうでいいと考えているのか。とりあえず、こぼれ落ちそうでも、止まっていればいいでしょ!と、まるでジェンガゲームのように、グラグラでも崩れ落ちさえしなければ成功!と考えているか。

考えられることはいくつかあるのだけれど、結局のところ、人の心のうちなど分かりはしない。
その店員さんが悪いわけではないということだ。
善意もなければ悪意もない。ただ自分の価値観によってお仕事をしていただけのことなのだから。

誰が悪いかといえば、それは自分なのだろう。
自分で「一番大きな袋で!」としっかりと指定しなかったのがいけなかったのだ。
人それぞれ物事に対する価値観は異なる。初めて会った客の心のうちなど、誰にもわかるわけがないのだから、わかっているはずだと、相手も自分と同じ価値観を持っていると思い込み、期待していた自分に非があるというわけだ。

コンビニでレジ袋を買う際は、危うさ回避のために大きさ指定はマストであるとつくづく感じたのであった。
人生何事もお勉強だ。このMサイズレジ袋によって、私はまた一つ貴重な経験をし、多くを学んだのであった。。。