In other words

I really don't know life at all ...

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老人からの度重なる間違い電話に、「いつか行く道」と悲しみを覚える年の初め。

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今年から、このサブブログの更新頻度も上げていこうと言いながら、すでに2022年も2週間近くが過ぎようとしている。

すでにお正月気分も抜け、すっかり正常モードの毎日。今年もまた「光陰矢のごとし」を痛感しながら、また新しい年を迎え、歳を重ねていくのだ。
それはつまり老いるということ。


今年になってから、私のスマホには頻繁に間違い電話がかかってくるようになった。
午後の時もあれば、早朝のこともある。

電話の主はいつも同じで、声の感じではかなりお年を召した女性のようだ。

いつも第一声が「◯◯さん⁉︎」というもの。
よくある女性の名前を連呼するのだ。

最初にかかってきたときは、「番号をお間違えではないですか?」と確認した。
聞けば、やはり違った番号だった。

例えば「0055」だとすると、「0550」のように、同じ数字で並びが違うという感じで、確かに間違えることもあるだろうと想像できる。

間違いであることを告げると、「あら、すみません」と、電話を切るものの、また翌日には「◯◯さん⁉︎」とかかってくる。

そこで「昨日もお間違えになりましたよね?違いますよ」と言えば、これまた「あら、すみません」と電話を切る。

そんなことが数回繰り返されている。

間違い電話など珍しいことではないので、めくじらを立てるようなことではないのだけれど、こうも頻繁に同じ人から同じ間違えを繰り返されると、それがたとえ一日に一度のことでも、さすがに電話を取るのが面倒になる。

今は電話がかかってくると、画面に地名まで表示されることがある。
親戚はおろか友人知人もまったくいない土地からの電話だ。しかも何度も繰り返されているとなれば、無視して応答しないのも一つだと思う。
しかし、無視できないのは、相手がお取り寄りだからかもしれない。





歳を取れば目も悪くなる。物覚えも、記憶力もどんどん衰え、さらには文明の利器の進化に対応しきれないこともあるだろう。

50代の私ですら、日々そうした衰えを感じているのだから、これが70代、80代ともなれば、それを自覚することもできなくなるほど、衰えているのだろうと思う。

間違い電話のご老人は、声もしっかりしていて、番号確認など少し会話しただけでは、痴呆のような感じもない。
あくまでも想像ではあるけれど、単純に番号の見間違い、押し間違いなのだろうと思う。

本当のところはわからないけれど、どちらにしても、相手がお年を召した方となると、どんな早朝の電話でも、忙しいときでも、怒りは湧いてこない。

私もいつか年老いて、そうした間違いをすることもあるだろう。人様に迷惑をかけることもあるかもしれない。

「いつかいく道」そう思うと、苛立ちよりも先に、悲しい気持ちになったりするのだ。

今朝もまた8時前に電話がかかってきた。
いつものように「お間違いですよ」、「あら、すみません」と同じ短い会話をして電話を切った。


「袖振り合うも多生の縁」という。
これも「老い」に対して考える機会を与えてもらうための「縁」だと受け止め、何度でも同じ間違いに付き合おうと思った年の初めなのであった。。。