In other words

I really don't know life at all ...

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マスクのおかげで元彼との再会という面倒を免れた出来事。

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先日、娘の大学入学共通テストがあった際、会場まで娘を送って行ったときのこと。
娘と二人、最寄りの駅から地下鉄に乗った。コロナ禍のせいか、朝の通勤時間であっても車内は空いていて、私と娘は空いている席に腰を下ろした。

コロナ禍においては、これまでのようにパブリックスペースで話すことすら躊躇われる。大声でなく、ごくごく普通の声で話していても、時に人の視線を感じることもあるからだ。

知人などは電車の中で友人と話していたところ、「非常識だ!」と注意を受けたことがあるそうで、そんな話を聞いてしまうと、余計に神経質になってしまう。

車内も空いていたので、私と娘は額を寄せ合って、時折コソコソと小声で話をしていた。

ふと気づくと、向かいの男性がじっとこちらを見ているのに気づいた。

年齢は50代くらい。海外のアウトドアブランドのダウンジャケットにジーンズ。赤茶色をしたレッドウィングのブーツを履き、膝の上にはオロビアンコのリュックを抱えていた。

サラリーマンというスタイルではなさそうだけれど、朝の通勤時間に乗っているので、フリーランスとも言い切れない。
いずれにしても、ちょっとくだけた職種の人なのだろうと思った。





最初は私と娘がコソコソとお喋りをしているのが気に入らないコロナ自警団ではないかとも思った。

それにしてもの一点凝視。。。

視線は完全に私に向かっている。

娘と一緒にいる場合、老若男女問わず、人々の視線は娘に注がれる。
白人遺伝子からなる真っ白な肌と、長い睫毛に縁取られた大きな眼、高い鼻梁はマスクをしても人々の視線を集めてしまう。

しかし、この時はそんな若い娘ではなく、男性が見ているのは完全に私だった。

この歳になれば、「あら、この方は私に気があるのかしら?」などという勘違いは皆無だ。
このようなシチュエーションの時は、「どこぞの敵か?」と思うのが普通だ。

思い切り、睨みを効かせて見返すと、男性は視線を自分の手元に落とした。
すっと伸びた綺麗な手をしていた。

これはコロナ自警団ではないだろう。
視線を外したと言うことは、何かを言ってくる危険もない。

そう判断して、私は睨むのをやめ、持っていたスマホに視線を落とした。

程なくして顔を上げると、また男性がこちらを凝視していた。

ここまでくると、かなり不快な気分になる。

しかし、敵に飛びかかる前に、運良く電車は目的地に到着したので、私と娘はそのまま電車を降りた。


あの男性はなぜ、あんなに人のことを穴が開くほど見ていた?

ついさっきの情景を思い浮かべてみた。

そこで、はたとその男性の手が、どこかで見覚えのあるものであるのに気づいたのだ。

そして、マスクからのぞく目元を思い出して、「ああ!」と、ここでようやく合点がいった。

あれは、30年以上前、私が10代の終わりに付き合っていた元彼だ!

間違いない。。。

あの目元、服装のセンス、そしてあの手。





あの頃、私たちは若かった。
私は今よりも7キロも痩せていて、髪も肌もツヤツヤ最盛期だった。

男性の方は、当時とあまりイメージは変わっていなかった。大学生の頃とさほど変わらないファッションと髪型。
そのまま歳をとったといってもいいだろう。

なぜ気づかなかったのだろう。。。
とうに記憶の彼方に消えた人だから、すぐには思い出せなかったのかもしれない。

なによりも、私たちは大きなマスクで顔の大半を覆っていた。

こんなに変わってしまったのに、相手はなぜ私に気づいていたのだろう。

小声とはいえ、私は娘と話をしていたから、声が聞こえたのかもしれない。

そして、その男性は私が外国人と結婚して、二人の女の子を出産したことも知っている。

共通の友人から聞いた話では、私がのちに海外へ行った話をしたところ、

「あいつもようやく自分の殻を破ったな」

そう遠い目をしていたそうだ。

私って殻の中にいたの⁉︎
あれだけ好き勝手できる殻って、どれだけ大きいの⁉︎

そもそも、殻を破って海外へ行くって、私は海亀かい?と大爆笑したものだった。

ものすごい勘違いだ。。。

とにかく、そんなこともあり、聞き覚えのある声、娘と思われるハーフの女の子と一緒にいるというヒントが与えられていたのだ。

なによりも、睨みを効かせた私の眼は、たるみによってシャープさは失われているものの、まだ感じの悪さでは天下一品だ。

懐かしさよりも、謎が解けてホッとしたこと、なによりも話しかけられなかったことに安堵した。

特に嫌な思い出があるわけではないから、話しかけられて困るようなことはない。しかし、逆を言えば特に話すこともないし、話したいとも思わない。





別れた原因は自然消滅だった。
よく覚えているのは、当時元彼の通っていた大学は青山にあり、その近くのバーで友人たちとともによく集っていた。

長いソバージュヘアの女の子たちが、思い切りお洒落をして、蝶が鱗粉を撒き散らすように愛想を振りまいていたのを思い出す。

そんな中で、ブルージーンズに白いTシャツ姿の私はちょっと浮いた存在だった。
そして、なによりも私はよく食べた。
お酒よりも食べることに興味があったので、あれやこれやと注文しては「美味しい!」と食べまくり、バーのキッチンを喜ばせたのだ。

元彼の学友達も、初めて突然変異種の人間を見た面白さからか、常に周りに集まってきては、楽しい話をしてくれた。

ある日、その中の一人が私をテニスに誘ってきた。それが、自然消滅の原因だったのだろうと、今なら思う。

毎年、そのグループでは親が所有する軽井沢の別荘で、テニス合宿をしていた。
サークルでもクラブでもないのに、合宿と勝手に名付けて、仲良しクラブの面々とテニスとドンちんん騒ぎをするのだけが目的の、ボンボン達のお遊びだ。

夏休みに軽井沢でテニスやるからおいで。

そんな誘いを「いやだ。テニスできないし」と、私は断ったが、その男はしつこく誘ってきて、挙句に周りの鱗粉女達までもが、「楽しいわよ」「一緒に行きましょうよ」「テニスなんてできなくてもいいのよ」「あなたがいなくちゃつまらないわ」などと、本気か嘘かわからぬ誘い文句をかけてきた。

当時の私はそのような遊びには全く興味がなかった。
すでに社会人の友人と遊ぶことが多かったせいで、テニスよりもお金儲けの方に興味があったのだ。

バイトなどをせずに、フリーランスでお金を稼ぐ術を、周りの大人達が教えてくれた。
時はバブル期で、大人の世界ではそんな話がコロコロと転がっていたのだ。

貴重な夏休みをテニスとどんちゃん騒ぎで過ごすなど、もったいないと、「興味がないから、行かないわ」と、私はテニスのお誘いを断った。

後から元彼に言われたのが「せっかく誘ってくれてるのに、なんでみんなに合わせられないの?」
そんな言葉だった。

みんなに合わせられる女がいいのなら、そういう人を選べばいいと、私はその出来事をスルーした。

それからだろうか、元彼からはほとんど連絡が来なくなった。
私も他の社会人の友人達との付き合いに忙しくしていたので、こちらからもまったく連絡をしなかった。

そして、そのまま自然消滅したのだった。。。

その数年後、街で偶然会ったときに、少し話をした。

元彼は「なんで連絡してこなかった?」と、責めるような口調で言ったので、「それお互い様では?」といったところ、「電話したけれど、お父さんが出て怒られた」と。。。
よくよく話を聞くと、私の留守中、夜遅くに酔って電話をかけてきたらしく、たまたま電話をとった私の父に怒られたらしい。

父は私にそのことを伝えなかったけれど、それはとてもありがたいことだった。
酔わなければ電話もかけられない男との縁が、それで切れたのだから。

私にとっては、何一つ悪い思い出ではないかった。
正確にいえば、良くも悪くもない、どうでもいい青春の一コマだ。





きっと元彼も「もしや?」と確信に近い思いを持ちながらも、顔を覆うマスクのせいで、声をかけることができなかったのかもしれない。

元彼の性格上、私だとわかれば必ず声をかけていたはずだからだ。

相変わらず、意識高い系なのか、50を過ぎても30代男子のような格好をしている。
そのうわついた姿を見ればわかる。。。

元彼の家庭はごくごく普通だったけれど、周りに集うボンボン達に感化されてか、財力では到底敵わないのに、同じようにブランド物を身につけ、帰国子女に対抗して英語を学んだり、とにかく何者かになりたかった男性だった。

きっと今も中身はそう変わっていないのかもしれない。
変わったのは、歳をとってしまったこと、そして色々なことを諦めてきたという、枯れてしまった表情だ。

人のことは言えない。。。
ビジネスだなんだと息巻いて、若さが永遠のものであるかのような勘違い女だったけれど、私もすっかり若さを失い、結局はただの「お母さん」になったことを認めている。

幸せだから、きっと歩いてきた道は間違っていないのだろうけれど。

マスクのおかげで、どうでもいい相手との昔話や近況報告をするという無駄な時間を過ごさなくて済んだ。

本当に会いたいと望んでも会えない人がいる一方で、どうでもいい人との偶然を持ってしまう皮肉。。。

人生とはまったくうまく行かないものだと思いながらも、今回はマスクに救われた。

ポジティブに考えれば、コロナ禍だからこその「不幸中の幸い」であった。