In other words

I really don't know life at all ...

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「救急車有料化のニュースに賛成」と思った救急病院での出来事。

先日、いつものように何か美味しいものはないかと、つらつらX(旧Twitter)を見ていたら、「救急車の有料化」がトレンドに上がっていた。

三重県松阪市が救急車の有料化を導入というニュースを受けてのトレンド入りだった。

松阪市だけでなく、全国的に導入してもいいのではないかと、個人的にはかねがね思っていたのだけれど、最近なおさらそう思うような出来事があった。

つい数日前、突然具合が悪くなり救急病院のお世話になったばかりだったので、その時のことを思い出した。

あれは日曜日の真夜中だった。日付はすでに月曜日になったいたけれど、いずれにしても病院は開いていない時間だ。

突然苦しくなったと思ったら胸が痛みだし、寝ていられなくなった。
身を起こしてじっとしているうちに、今度は全身に悪寒が走り意識がふっと遠のくような感覚に襲われ、「これはまずいかも。。。」と初めて恐怖を覚えた。
この日、私は一人だった。夫は長期出張、長女は別に暮らしている。唯一の同居人である次女もお友達のところへお泊まりで留守だった。
助けを呼べる人もおらず、心筋梗塞なんてことになったら大変だと、もう救急車を呼ぶしかない?と思ったのだけれど、朦朧とする頭で考えた。

今は救急車を呼ぶ人が多く、なかなかきてくれない可能性がある。

きてもらえても受け入れ病院があるか、また見つかったとしてもどんな病院になるかわからない。
東京は広いので、とんでもなく遠い病院になった場合、帰る時や家族に来てもらうことになった時など大変になる。

なによりも救急車を呼んでいいくらいの病状か判断に困った。
自分では命の危機を感じるくらい、これはいつもと違う。。。という感覚があったのだけれど、それでも躊躇してしまった。



結局、意識があるうちになんとかしなければと、いつも使っているスマホアプリからタクシーを呼んだところ、3分で到着するという。
着替えられるような状態ではなかったので、急いでコートだけ羽織り、保険証と財布だけを持ってマンションの下までなんとか降りていった。

タクシーはすぐに来てくれたので、いつもお世話になっている総合病院の救急まで連れていってもらった。

ここまでくればいつ倒れても安心だと思ったら、少しだけ気分が回復したように感じた。
心と身体は密接に関係しているというから、不安があると余計に具合も悪くなるのだと思う。

救急窓口で病状を告げると、「予約の電話はしましたか?」と尋ねられた。
そうだった。。。本来なら電話をし相談してから出向くものなのだ。しかしこの時はそのようなことを思い出す余裕もなかった。いつバタンと意識がなくなるか、それが怖くてとりあえず一人きりの状況から抜けださねばと考えていたのだ。

予約をしていないと告げると、「待ちますよ」と言われた。
なんでもこれから救急車が6台ほど到着予定なので、診察はその後になる可能性があるというではないか。。。
具合の悪い人は沢山いるのだなと思いながら、自分もこうして救急に駆け込んできたのだから、私よりも重症者がいるのなら仕方ない。
なによりも待つ場所が病院ならば、何かあった時も処置してもらえる安心感もある。

待つ旨を伝え、待合で待っていると、すぐに看護師が来て検温と問診を始めた。
病状を伝えると、やはり心筋梗塞などを疑ったようで、それから10分ほどで処置室へ迎え入れられた。

医師は30代くらいの若い女医さんだった。
看護師さんにしたのと同じ説明をし、尋ねられたことに答えていく。

初めてかかる医師ではあったけれど、その病院は私のかかりつけ病院のため、私の病歴もしっかり記録されている。
つい数日前に来たばかりだった。

やはりその医師の見立ても同じようなもので「心筋梗塞などが一番怖いので、まずはそちらの可能性を検査します」と、心電図、X線、血液検査など救急でできる検査をすることになった。

処置室に移動すると、今度は若い研修医の男の子がやってきた。
細身で長身、なかなかのイケメンで、「これはモテるだろうな」などと思っていたら、かなり痛い目に遭ってしまった。
「血管の確保だけしておきます!」と、点滴の針を手に私の腕の血管を凝視するも、なかなか見つからない様子。
そこで比較的とりやすい血管を教えてあげたのだけれど、「点滴なのでこちらの方がいいはず!」と、別の血管に狙いを定めたのだ。

あらららら。。。

私は過去に大病も経験しているので、採血だけは数えられないほど経験してきた。おまけに血管が細いらしく、なかなか難しいらいしい。
そのイケメン研修医の選んだ血管は、過去一度も成功したことのない場所で、採血専門のベテランは決して選ばない血管なのだ。
しかし私は黙っていた。彼の医師としてもプライドは守るべきだと思ったし、自分の判断で実行し、それが失敗に終わったとしてもそれは後々彼の経験になる。
この若きイケメン研修医が立派なお医者様になれるのなら、微力ながらそのお手伝いをさせてもらおうではないか!と思ったのである。

そして案の定、液漏れして痛いのなんの。。。
「すみません!やっぱりダメみたいです」

結局は最初に私が言った血管に点滴針を刺して、イケメン研修医は「痛い思いさせちゃってすみませんでした。検査までゆっくり横になっていてくださいね。」
そう言って処置室を出ていった。



検査を待つ間、そして検査から戻り結果を待つ間、やはり処置室のベッドに横になっているように言われた。
ただし、もっと緊急性のある患者さんがくる可能性もあるので、その際は移動してもらいますとのことだったので、例の救急車6台の患者さんなのだろうと思った。

目を閉じ外から漏れてくる声や音を聞いていたのだけれど、救急車が6台も来た割には静かであった。
重病人がどやどやと運ばれてきたのなら、もっと緊急性を帯びた音や緊迫した雰囲気が感じられてもいいはずなのに。。。

聞こえてくるのは、看護師と医師との会話。もちろん世間話などではなく、検査の指示などだ。
他はカチャカチャと器材の触れ合う音くらいで、院内はとても静かだったのだ。
私はずっと「救急車6台」のことが気になっていた。

私のように自力で来た者は緊急性という点では、救急車できた者よりは緊急性は低いと考えられる。
それは当然だ。私はなんとか自分でGOタクシーを呼び、ヨロヨロとしながらも自分の足で歩いて病院まできたのだから。
いつでも処置室を明け渡すつもりでいたのだけれど、結局は私がそこから移動を促される事はなかった。

すべての検査結果が出て、結局心筋梗塞の兆候はないとのことで、後日いつもの担当医に相談し、改めて詳しい検査をしてくださいということで終了。

かかった費用は¥16,000ほどであったが、前もって時間外料金がかかると説明を受けていたので、この程度で済んでよかったと思った。
診察料+検査料、さらに時間外救急外来ということで¥11,000加算という内訳だ。
これに往復のタクシー代を合わせると、¥20,000ほどかかったことになる。
これだけかけて異常なしとは、なんだかなと思わないでもないけれど、あの苦しさと恐怖を思い出すと、それくらいいくらでも出します!という気になる。それほど辛かったのだ。

かなり前置きが長くなってしまったけれど、これはいつものことだ(笑)

お会計を待つ間、待合室にいたのだけれど、おそらくは救急車できたであろう方々が数組、家族数人で来ていた。

詳しい病状はわからないけれど、待合室で簡単な処置だけして帰っていかれる人、お熱を測りながら家族と笑いながらお喋りしている人etc

これならば処置室を明け渡す必要はなくて当然だと納得した。

聞き取り調査をしたわけではないので、その場にいた方々が、どんな病状であるかはまったくの憶測で、その人の緊急度はわからないものの、少なくとも私の目にはとても重症とは思えないような患者さんばかりであった。

もしかして私の勘違いかもしれないので、あまり声を大にしては言えないけれど、緊急な処置が必要ないという状況が物語っていると思う。



今は簡単に救急車を呼ぶというのは、よく聞く話だ。
病気以前にタクシー代わりに使おうとする人もいるという。それは言語道断だけれど、救急車を呼ぶというのは、簡単にできることではないと思っている。

あのサイレンによって、周りの走る車をストップさせ、赤信号さえも突破できるのだ。つまりは周りの協力の上で助けてもらっているようなものだ。
この重きを考える必要がある。
もちろん、必要な時は呼ぶべきだ。私も今回は本当に救急車のお世話になろうかと思ったくらいだ。
それほどまでに緊迫した状況下では、有料か無料かはもはや問題でない。
とにかくお金がかかったとしても助けてください!という状況なのだから。

救急車の有料化はあって然るべきと思う。タクシー代わりに使う輩がいるとなれば尚更だ。

ここで、「救急車使うと¥7,700も払うの?」と、一瞬立ち止まって考える機会があれば、無駄に軽症者が救急車を呼ぶこともなくなくだろう。
いや、¥7,700では完全になくならないかもしれない。アメリカのように¥200,000くらい請求すれば、ほぼ同じ使う人は限定されるだろうけれど。

アメリカの場合は極端だけれど、¥7,700は少し安くない?と思う。
時間外診療に¥11,000加算するのなら、救急車など¥30,000くらいチャージしてもいいのではないかと個人的には思う。

ただ、システムとして、救急車を使ったことに対してではなく、病院が救急車を受け付けた料金を受診料に上乗せするという形のようだ。

受診料に上乗せというのなら、結局のところは患者側が支払うのだけれど、その辺がかなりややこしく感じる。

入院になった場合は支払い不要という基準もなんとも解せない。

たとえ入院にならないとしても、かなり緊急性があるケースも皆無ではない。
入院までは必要ないけれど、その場で早く処置をしたおかげで事なきを得たということもあるだろう。

医師の判断で「これは救急車を呼んで然るべきであった」とか「これくらいで呼ばないでよ」と有料が否かの判断を下す権限を与えることができないのだろうか。

ただイエスかノー、それだけなのだから医師の負担にはならないだろう。
それとも基準がはっきりしないと、モンスター化してクレームをつけてくるケースを想定しているのか。
どうでもいい理由で救急車を呼ぶような常識のない人間相手では、そんなことも想定しなければならないのかもしれない。
そうなると、明確な基準として「入院」というワードが出てきたのかもしれない。

なかなか難しい問題ではあるけれど、やはり救急車を有料化することで、ふざけた人間の不必要な要請が減ればそれに越したことはない。

出動要請の多さや救急隊員の人手不足は今や深刻だ。
少しでも無駄な要請が減り、本当に必要な人が使えれば救える命もあると思う。

制度の導入にあたり、賛否両論あるだろうけれど、誰にとっても大切な「お金」で解決するのが一番効果があるだろう。

もはや救急車よりもタクシーを使った方が安上がりだ。
ただし、本当に緊急の場合、タクシーは救急車の代わりにはならない。
救急車には医療知識のある救急隊員が乗車しているのだ。
その辺のことは、しっかり頭に入れておこうと思う。